フエギア 1833が2016年に日本初上陸したとき、店を構えたのが東京・六本木ヒルズにあるホテル「グランドハイアット東京」。21年の第2号店は銀座の商業施設「GINZA SIX」である。イギリスでは高級車のロールス・ロイス本社内に、オーダー車のシートに染み込ませる香りを顧客が選ぶための特別な店まである。
2010年に誕生した当時からラグジュアリーな道を歩むニッチフレグランスだ。だが華やかな店以上に知っておくべきことがある。それはフエギア 1833が調香師のジュリアン・べデルによる、「香りのアート作品」の総称であるということ。さらに店は彼の作品を並べる「ギャラリー」でもあること。
ギャラリーを訪れた客は100種類以上もある香水(パフューム)から、テーマに共感したり心に馴染む品を部屋に飾るアートのように購入する。「これ好き」と感じる香りを見つけ出すのがギャラリーでのいちばんの楽しみ方かもしれない。
---fadeinPager---
そのフエギア 1833が3月29日(水)より、「インディゴ(Indigo)」「セダ(Seda)」「ビクーニャ(Vicuña)」と名付けられた新しい連作を国内発売した。インディゴはデニムの染料で、セダはイタリア語でシルクのこと。ビクーニャはビキューナともカタカナ表記される、世界最高級のラクダ科動物の毛だ。男性にも馴染みがあるファッションを、ジュリアンはなぜ香水に落とし込んだのだろうか?布の香りがする香水?大いに好奇心を掻き立てられ、話を伺うべく来日したジュリアンの元を訪れた。
---fadeinPager---
同3作品について、まずジュリアンが語った発想の源が以下である。
「服を着るときのケアになるような香水をつくろうと思いました。頻繁にクリーニングすると痛みがちな服を、いつもフレッシュで清潔に着られたらという考えで。直接的に素材の香りがするのではありませんが、着る気持ちにつながる表現をしました」
服が紡ぎ出す物語へと誘う香り。抽象絵画に名付けられたタイトルのように、制作した作家にとって創造の源泉を探るのは大切な行為である。その追求が結果として、完成度の高い作品を生み出す。ジュリアンは出身国のアルゼンチンに東京ドーム5個分もの広大な植物園「フエギア・ボタニー」を持つほど、主に植物を原料にする“素材”を大切にする人。今回の3種類の香りでもインスピレーションの元になった服素材を徹底して調べている。例えばビクーニャについては以下のような背景がある。
「ビクーニャの毛はプロテインを含む動物繊維です。カシミヤより幅が細い直径8〜11μmほどの毛。毛のなかに空気を含む中空構造で、保温性がとても高いのが特徴。毛にはカットした断面がありますから、その断面に香水の液体が入り込んで蓋をすることで、より保温性を高められないか研究しました。こうしたプロセスを経たのがビクーニャ香水です。もちろんこの機能を本当に布に与えるなら、膨大な量の香水を染み込ませないといけません(笑)。でも日々使っていくうちに蓄積して役立っていく可能性があります。ビクーニャでは繊維の特性を高めることを考慮しました。このようにテーマとしっかり向き合うのがわたしの香水づくりの流儀です」
---fadeinPager---
デニム愛好家の心をくすぐる「インディゴ」は、服の素材そのものを成分に取り入れているようだ。
「デニムの服が大好きでよく着ています。色を保ちたくて、あまり水洗いしたくないんですよね。この香水には抗菌や防臭といった効果が期待できる素材を配合しています。天然藍の成分も使っており、その色が液体に表れています。藍を使った根底にあるのは、植物へのオマージュです。デニムに対する気持ち以上に、植物への愛を大切にしたくて」
ジュリアンの実家のアルゼンチンには農場があり、幼い頃から大自然に囲まれて育ったそうだ。天然成分から独自に抽出した香料をふんだんに使う香水づくりの根底には、自然界への深い思い入れがある。
---fadeinPager---
セダの香りの発想は、ほかのふたつとはやや異っている。
「セダの源泉は女性にあります。フェミニティを意識した製品です。インディゴとビクーニャは男性である自分自身がつけるイメージから生まれたマスキュリンなもの。シルクは主に寝具やナイトローブなどに用いられ、女性の夜の印象がある素材。リラックスして睡眠できる香りを目指しました。ジャスミンの甘さが感じられるでしょう。私の母がフエギア 1833のなかでいま、もっとも好んでいる香りでよくつけてくれてますよ」
ジュリアンの実母はフエギア 1833のギャラリー(店舗)を訪れたときセダを知ったそうだ。この香水をスプレーするときは、昆虫素材のシルクは液体濡れでシミになるケースがあることを念頭に置いておきたい。セダは肌にスプレーするだけに留め、服には直接振りかけないほうが安心かもしれない。
---fadeinPager---
ジュリアンの衣服に対する興味は子供時代から続いているようだ。
「法律家で詩などの作家でもあった祖父が、お洒落ですごくエレガントな人でした。残念ながらわたしが若い頃に亡くなったのですが、祖父が残した服から彼の匂いを感じたことをよく覚えています。服は大切に着ていくとエイジングして表情が変わっていくものです。時間とともに移り変わる香水と共通する特性ではないでしょうか」
桁違いに高価な布であるビクーニャのアイテムも所有しているか彼に尋ねると、「持ってますよ。さすがにイタリアブランドのロロ・ピアーナ製ではありませんが」と笑った。
グランドハイアット東京の「フエギア 1833 六本木」でジュリアンと一緒にいたとき、入店した客と談笑してサインや写真撮影にもにこやかに応じる彼の姿が印象的だった。取材者のカメラ機材にも興味津々で商品名をチェックし、「いまからビックカメラに行かなきゃ(笑)」。木を削り出してアコースティックギターを自ら製造し人前でジャズ演奏したり、音楽にも造詣が深いジュリアン。新香水の「インディゴ」「セダ」「ビクーニャ」は彼の飽くなき探究心の賜物である。香りと素材への深い思いが、液体の形になって美しいガラス瓶に封じ込められている。空中にシュッとスプレーして身体をくぐらせ、その物語に包まれてみてはいかがだろうか。
---fadeinPager---
【画像】デニムが香水になった!? 服とリンクする驚きの発想をフエギア 1833のファウンダー兼調香師が語った
---fadeinPager---
---fadeinPager---
---fadeinPager---
---fadeinPager---
---fadeinPager---
ファッションレポーター/フォトグラファー
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。
明治大学&文化服装学院卒業。文化出版局に新卒入社し、「MRハイファッション」「装苑」の編集者に。退社後はフリーランス。文章書き、写真撮影、スタイリングを行い、ファッション的なモノコトを発信中。
ご相談はkazushi.kazushi.info@gmail.comへ。