フレンチシェフのアメリカン、西荻窪オルガンの特別な2週間。

  • 文:森一起
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昔ながらの個人商店と住宅街が混在する西荻窪の街並みに溶け込むオルガン。店の中は、紺野シェフの世界観で満たされている。撮影:Kohei Watanabe

アメリカ生まれのデニムに価値観を与えたのは、ヨーロッパ、とりわけパリの洒落者たちだった。1975年に誕生したセレクトショップの祖「グローブ」にはリーバイスやリーのジーンズや各国のミリタリーが並び、瞬く間に高感度な人たちに注目される。それよりもずっと前、サンジェルマン・デュプレの王だったボリス・ヴィアンはアメリカに憧れ、自らもトランペットでジャズを吹いた。

時を遡れば、第一次世界大戦後にパリに住んだヘミングウェイやフィッツジェラルド、後にロストジェネレーションと呼ばれる人たちはパリに憧れたアメリカ人だった。アメリカとフランス、正反対にも思える個性はいつも線で繋がり、深く影響し合っていた。

19歳からの10年間をLAで過ごしたオルガン/ウグイスの紺野真シェフは、LAの自由なカフェ文化を浴びて帰国し、新しい感覚のフレンチとナチュラルワインという組合せで東京に新しい風を巻き起こした。そんな彼が今回アメリカ料理のコースを組むという、フレンチシェフが回想するアメリカ。それは今回の食の祭典の中でも、忘れられない時間になるに違いない。

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 TASTE OF AMERICAはアメリカ大使館農産物貿易事務所が主催する、アメリカの食材や食文化に触れ、アメリカの食を広く楽しむためのフードイベントだ。都内のレストランを中心にナショナル麻布などのインターナショナルスーパーも参加する。

毎回、時代に合わせてテーマは変わり、今回のテーマは「ReNEW」。コロナ禍で多くのことが変化し続ける時代の中で、仲間とテーブルを囲むワクワクする食事の時間をテーマに込めた。新しい食事、新しい季節、新しい時代の始まりに、力を与えてくれるアメリカ食材。

10代の終わりから20代の終わりまで、フレキシブルな感性が溢れる時期をLAで過ごした紺野シェフのひと皿に胸が躍る。

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入り口近くにあるセラーの中には、ナチュラルワインのファンたちにはたまらない珠玉のワインが理想的な状態でストックされている。

「Covid の影響で、会いたい人と会えない期間が長かったり、海外などへの移動が難しかった分、料理の仕事も内面的な方向に向かっていったと感じます。昔住んだ、思い出の場所を思い返す機会も多くなりました。今回は、自分の過去の記憶の中の情景を切り抜いて料理に仕立てています。それは風景であったり、人との会話であったり、実際に食べたものであったり、様々です」

紺野シェフが20代の頃暮らしたカリフォルニア料理を中心に、アメリカの伝統的な料理をオルガンらしく軽やかに、現代的にアレンジしたコース料理。それは、彼自身のアメリカを料理で辿る魅惑的なメニューだ。

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特別な時間にオーダーしたいクロード・クルトワのラシーヌなど、入手困難なナチュラルワインがさりげなく並べられているセラー。

クロード・クルトワの代表作であるラシーヌの赤や白など、貴重なナチュラルワインが眠っているセラーと、店の中ほどに置かれた古い手動のミシン、真空管のアンプとアナログプレーヤー。オルガンの店内にあるものは、そのままシェフが大切にしているものの象徴となっている。

とにかく、人の手作業で生まれたもの。膨大な手間がかかり、たとえ効率が悪くても、人の手で丁寧に造られたもの。造り手の顔が見えるナチュラルワインは、その代表的なものの一つだ。

驚くことに、オルガンの足踏みマシンは今も現役だ。イベントの際などに使われるナプキンは、このミシンで一つひとつ大切に縫われている。手作業のナプキンは多少不揃いな縫い目かもしれない、折り返しの部分も、厚めで太いかもしれない。でも、そのディテールこそが人の手の温かみだ。それはそのまま、シェフのフィロソフィー、彼の料理そのものなのかも知れない。

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オルガンとウグイス、二つの店で彼ならではのフレンチを発信する紺野シェフ。オルガンでは花田遼シェフに全幅の信頼を寄せている。

 コロナ禍の中、シェフのInstagramには「#飲食店とは口に入れるものだけを提供している訳じゃない」というタグが付くようになった。レストランというフランス語は、もともとラテン語で回復させるという意味の「restauro」に由来している。

レストランは単においしいものを提供するだけではない、それはかけられているアナログのレコードや、サービスがかけた心打つひと言、ガラス器に差された花かも知れない。ようやく、マスクから開放された今、レストラン=飲食店は私たちに最も必要なものの一つだ。

さぁ、紺野シェフのアメリカに旅立とう。そこはグランジが生まれて、ニルヴァーナやパールジャムが闊歩し、カート・コバーンの自殺によって終結するまでの激動の時代。高校の頃からバンド少年だったシェフの20代はどんな日々だったのだろう。そう言えば、彼らもみんなデニムを履いていた。

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ひと皿のプレゼンテーションにも、紺野シェフならではの個性が。きっと、LAでも、ラングドックでも、こんな鮮烈な盛り付けはないだろう。

紺野シェフのアメリカ、そのひと皿目は小さなひと口サイズのタルトから始まる。 “After 35Year, I Landed Here”「35年後、ここに着地した」と名付けられたタルトの中には、アラスカ産スケソウ鱈のブランダード。

ブランダードは地中海に面した南フランス・ラングドック地方、特にニームの郷土料理だ。現地では干し鱈を使うことが多いが、オルガンではアメリカ素材と旬のグリーンピース。小さなタルトの中で、アメリカとフランスが手を繋いでいるオルガンならではのひと皿だ。

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グリーンピースの上に飾られたのは、普通は捨てられる芽や茎の部分。ハーブの花など、通常は使わないものには、自然そのままの美しさがある。

その後、コースは “Memory of Main Ave, Santa Monica”「サンタモニカ・メインアヴェニューの思い出」と名付けられたアボカドや蟹を使った冷たい前菜。ロメインレタスを使ったウェッジサラダを挟んで、真鱈と海老、帆立貝を使ったチオッピーノと続いていく。チオッピーノはサンフランシスコで生まれた海鮮シチュー、カリフォルニア料理の代表の一つだ。

続いてサーヴされる牛タンとビーツのひと皿は、 “I am not native though”「ネイティブじゃないけど」。シェフが暮らしたアメリカの日々にアテンドされながら、心をカリフォルニアに飛ばしている内に、最大のお祭りのThanksgiving Dayがやって来る。感謝祭のご馳走と言えば、ターキーで決まりだ。

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一度見たら忘れられない、マルタ・エリス・ヨハンセンによるエチケット。レコードのジャケ買いみたいに、エチケットからのナチュラルワインも楽しい。

通常はフランスのナチュラルワインが中心のオルガンだが、今回はアメリカ料理のコースに合わせてアメリカ産のワインも用意されている。アーバンワイナリーの先駆者と言われるクリス・ブロックウェイの「ブロックセラーズ」だ。フレッシュで軽やかな味わいは、オルガン流のアメリカ料理と響き合い、かつてLAの華だったビーチボーイズの優しく切ないハーモニーを奏でる。

「ブロックセラーズ」のワインは、一度見たら忘れられない印象的なエチケットでも有名だ。インクペンや木炭、黒鉛、色鉛筆などを使ったシンプルな作品は、カリフォルニア在住の女性アーティスト、マルタ・エリス・ヨハンセン。

葡萄からエチケットまで、素直でピュアなカリフォルニアワイン。現在、世界中が注目する新世代カリフォルニアのナチュラルワインとオルガン流アメリカン。いよいよコースのメイン、ターキーの登場だ。

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感謝祭の七面鳥と言えば豪快な丸焼きを連想してしまうが、オルガンスタイルのターキーはフレンチのひと皿として瀟洒な美しさに溢れている。

コースのメインは、感謝祭の七面鳥。  “Fiesta Once a Year”「年に一度のご馳走」だ。ターキーのローストには、アメリカならではのクランベリージャムが添えられている。胸肉はローストし、もも肉の中にはスタッフィング。ターキーのひき肉や端肉、マッシュルームなどが詰められている。

甘いソースに句読点を与えるのは、炭火で焼いたトレヴィス。ランダムにアンチョビーソースを回しかけ、白ワインでソテーした後、炭火へ。トレヴィスの心地いい苦味がアメリカンなターキーのローストに、オルガンスタイルの洗練を重ねていく。

コースを締めくくるデザートは “Chi Chi”、バジルのクラッシュアイスとメレンゲの向こうにLAのオールドタウンが見えてくる。

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胸とももで微妙に表情が変わるターキーには、客を驚かせ、客を喜ばせたいという紺野シェフの誠意に満ちている。

 

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後ろに聖書や讃美歌の本を入れるためのポケットが付いた教会の椅子や、古いミシン、アンティークの棚など、一つの美学で統一された店内。

大学生の時代から、いくつもの飲食のアルバイトを兼任した20代。アメリカというカウンターカルチャーと音楽の聖地の中で、いつか高校時代からの夢だったロックスターの道は断念するが、夢見る頃を過ぎてもいつも心はロックンロールだった。

自由な空気に包まれたLAのカフェに通い詰めながら、いつか目標は飲食の道に変わっていた。たくさんの人が日常使いできる店。人々の日常のルーティンに組み込まれるようなレストランを作ろう。考えてみれば、バンドも飲食店も色々な思いの集合体だ。新しい武器は、自分の手と感性、そして大好きなナチュラルワイン。同じく、造り手の思いが詰まった野菜や肉。

やがて、三軒茶屋のウグイス、西荻窪のオルガンと続いていく紺野シェフのロックンロールは、今も熱いビートを刻んでいる。そんな彼のルーツになったLAの日々を共に巡る2週間。それはきっと、忘れ得ぬ旅になるに違いない。

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東京におけるカウンターカルチャーの聖地である西荻窪という土地は、LAとフランスを繋いだオルガンに相応しい場所に違いない。

ORGAN

東京都杉並区西荻南2-19-12

03-5941-5388

『TASTE OF AMERICA 2023』


開催期間:2023年4月3日(月)~4月16日(日)
参加店舗:都内を中心としたレストラン・スーパーマーケットなど
主 催:アメリカ大使館農産物貿易事務所(U.S. Embassy Agricultural Trade Office =ATO)
※参加店舗名・提供メニューなど詳細は下記webサイトで
https://tasteofamerica.jp/
問い合わせ先:tasteofamerica2023@amana.jp

 

 

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。