ロールス・ロイス初のSUVであり、ビスポークシリーズであるブラック・バッジ仕様の「カリナン」に乗った。運転をしてほどなくすると「ある動物をイメージしているのではないか」と考えるようになった。イメージにわいてきたのは、イングランドの象徴にして世界最高峰のフットボールリーグ、イングランド・プレミアリーグのマークでもおなじみの、あの百獣の王である。

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たてがみを誇示するかのような堂々としたフロントフェイスと巨大なボディ。路面の感触を伝えてくるステアリングインフォメーションに、軽いアクセルで唸りをあげる6.75リッターV12エンジン。王者の風格をたたえて悠然と走りながらも、隠しきれない野性の匂いが「景色をサバンナの草原に変える」と言ったら言い過ぎか(笑)。

野性味があるとはいえ、ロールス・ロイスのSUVにチーターのような俊敏な走りはいらない。３トン近い車重で路面をならしつつ、膝の役割をするエアサスで路面入力を相殺するヘビー級チャンピオンのような強力なフットワーク。サスペンションの動きも、しなやかな中に大地を一歩一歩踏みしめるような堅実さがある。

アクセルを思いきり踏むと、スピリット・オブ・エクスタシーの彫像がボンネットの突端でわずかに天へと顔を向ける。その瞬間、V12エンジンが咆哮をあげ、縄張りに侵入したライバルに向かって全身で走りだすような加速をみせる。百獣の王らしい貫禄の加速に「このクルマはロールス・ロイス以外には絶対つくりえない」と感じた。

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さらにブラック・バッジ・カリナンは他のロールス・ロイスの車種と比較すると、特別な役割を担ってもいた。旗艦サルーンのファントムのように後部座席の住人のためだけにしつらえられた特注の馬車ではないし、パーソナルセダンであるゴーストのように動的質感を追求し、計算しつくした静寂さや精緻さを印象づけるクルマでもない。もっとも重要視されているのは、巨大なパルテノングリルに象徴される王の権威を感じさせることだろう。

運転席から見下ろす視界には、弓なりに反ったボンネットと先端にあるスピリット・オブ・エクスタシーの彫像が入ってくる。これがとても重要で、ドライバーに高さのあるパルテノングリルとサイドのコーチラインから生まれる素晴らしい体躯を把握させる。このクルマのステアリングを握る者こそがマスター。家族とともに行動するサバンナの王同様にファミリー趣向がもっとも強いロールス・ロイスと言えるはず。

そして反骨精神をもつ成功者をイメージしたブラック・バッジ・シリーズの意図からいっても、既成概念の破壊者（ディスラプター）こそがステアリングを握るべき１台と感じられる。その弱肉強食な押し出しのあまりドライバーたる経営者は、敵対的M&Aをしまくりそうではあるけどね(笑)。

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女流作家イサク・ディネセンの名エッセイ『アフリカの日々』で描かれた1910年代。それよりはるか昔から西欧はアフリカの大自然に神秘的なロマンを見出そうとしてきた。ロールス・ロイスが創業された当時の英国上流階級でもアフリカ大陸の話題は繰り返し語られていたはずだし『アフリカの日々』にもムザイガ・クラブと呼ばれるナイロビの英国上流階級のコミュニティのエピソードが記述されてもいる。

もしかしたらロールス・ロイスは創業の頃から、アフリカの大地を走れるような、豪華で雄々しいクルマを造るという構想はあったのかも知れない。カリナンという名前も南アフリカの鉱山で産出された世界最大のダイアモンド原石の名前だし、名も体もロールス・ロイスのSUVとして正鵠（せいこく）を射ていると感じられる。権威がブランドの血として備わっていることはもちろん、どうにも「アフリカを走る」というロマンをくすぐられる点も見逃せないSUVなんだ。