Pen本誌では毎号、作家・小川哲がエッセイ『はみだす大人の処世術』を寄稿。ここでは同連載で過去に掲載したものを公開したい。
“人の世は住みにくい”のはいつの時代も変わらない。日常の煩わしい場面で小川が実践している、一風変わった処世術を披露する。第4回のキーワードは「直木賞受賞者」。
みなさんが知っているかどうかわからないのだが、最近「直木賞」という文学賞をいただいた。受賞前から、「直木賞を取ると大変なことになる」という噂をよく聞いていた。その内容は大まかに以下の通りだ。
一、受賞エッセイの執筆依頼が大量に来る。
二、テレビの出演依頼が大量に来る。
三、講演の依頼が大量に来る。
四、祝宴の誘いが大量に来る。
五、親戚や友人の数が急に増える。
一から三についてはいまのところではなんともいえない。確かに平常時に比べればかなりの数の依頼を受けているが、気が進まない依頼やスケジュール的に難しい依頼は断ればいいので、「大変なことになる」というほどではない。四については、むしろみなが「いまは忙しいだろうな」と思ってくれているおかげで、案外夜は暇だったりする。実際、執筆の仕事なんかが忙しいので、夜に予定が空いていること自体はありがたい(このエッセイだって、いくつもの受賞エッセイを執筆する合間に書いている)。五については、いまのところ経験していない。ただ、何年も連絡を取っていなかった人から祝いのメールが来たり、以前一度仕事をしただけの人から祝いの品が届いたり、そういった現象は発生している。
では、「直木賞を取ると大変なことになる」という噂はガセだったのだろうか̶̶ガセではない、というのが僕の答えだ。ただし、噂されているような「依頼が半端ない」とか「飲み会が半端ない」とか、そういう大変さではない(あくまで「僕にとって」の話)。みなさんも今後、直木賞を取
ることがあるかもしれないので、経験者としてその「大変さ」を伝えておこうと思う。参考にしていただければ幸いである。
まず、いちばん大変なのが「返信」だ。ありがたいことに、受賞発表以来、「おめでとう」というメッセージが実にたくさん来ている。既に何日か経っているが、未だに断続的に届いている。内容が内容なだけに無視できず、それなりにていねいに対応しなければならないので、毎日、起きてからの何時間かを返信に費やすことになる。
次に大変なのが「招待状」だ。直木賞には贈賞式というものがあり、大きな会場にいろんな人を呼んで祝いの式典を行う。その贈賞式に家族や知人、友人を招待することができるのだが、招待客のリストをつくるのが非常に大変なのだ。何十人もの人に場所と日程の確認をして、住所を聞き、その住所をリストにして主催の日本文学振興会に提出する。招待状自体は主催から送っていただけるのだが、リストをつくるのは僕にしかできない仕事だ。(僕は未経験だが)結婚式を経験したことがある人なら、その大変さをわかってもらえると思う。
そして意外に大変なのが「祝いの品」だ。さまざまな編集部や取引先、友人や知人などから、山のように祝いの品が届いている。なかでも多いのが花で、次に酒や電報と続く。まず、「祝いの品を贈りたい」という人に自分の住所を教えるのも大変だが、朝からひっきりなしにチャイムが鳴り、宅配便を受け取らなければならないので、なかなか仕事に集中できない。場合によっては、お礼のメールを書く作業も待っている。
とまあ、いろいろ書いてみたものの、すべて傲慢な不満というか、恵まれた者がそのありがたさを愚痴っているような雰囲気になっていて、自分でも生意気なことを書いたのではないかと感じている。いつもはこんなことを口にしないのですが、今回ばかりはみなさんのお気持ち、本当に嬉しく思っています。この場を借りて感謝します。ありがとうございました。
小川 哲
1986年、千葉県生まれ。2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビューした。『ゲームの王国』(早川書房)が18年に第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。23年1月に『地図と拳』(集英社)で第168回直木賞受賞。近著に『君のクイズ』(朝日新聞出版)がある。
※この記事はPen 2023年4月号より再編集した記事です。