「デイトナマラソン」「ロレックスマラソン」という面妖な言葉に驚愕したのはいつだったろうか。ロレックスのガリバー的な人気はいまに始まったことではないが、それにしても近年の過熱ぶりは尋常ではないらしい。著者が指摘するように転売ヤーの横行もひとつの理由だろうが、つきつめれば需要と供給のアンバランスに起因する現象と解釈できる。ただし、それが決して安価ではない高級腕時計の一ブランドで継続していることに特異性があると思う。
本書ではロレックスの歴史からひも解き、その魅力の根幹が先見的で優れた機能性に由来することを丁寧に解説。「つまりは実用性がロマンに昇華するという、腕時計としてはあり得ないような存在価値をもった」と評価する。
だからこそ多数の心酔者を擁するのだが、「ロレックスと同じくらい魅力的な腕時計はほかにもある」として、人気のスポーツモデル10種に対応する他ブランドのモデルとの詳細な比較検討を展開する第3章が本書のクライマックスとなる。たとえば「コスモグラフ デイトナ」とクロノグラフのムーブメントつながりでゼニスの「クロノマスター オリジナル 1969」。「ミルガウス」と高耐磁性つながりでヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」などなど。熱心なファンや時計識者には異論や反論もあり得る、ある意味でリスキーな対比にあえて踏み込んだ著者の気骨に心から敬服する。しかしながら、この絶妙な対比によって、むしろロレックス各モデルの特長や個性が浮き彫りになるだけでなく、他ブランドの独自性や優位性も理解できるに違いない。
その上で、最後の第4章「ロレックスが欲しい人にこそ、お薦めしたいブランドがある。」とたたみかけてくるのである。かなりの技量を要する筆致と内容であり、これまでに類書はなかったといっていい。豊富な知識と長年にわたる取材体験に裏打ちされた、著者ならではの挑発的な意欲作ではないだろうか。