現代美術家・AKI INOMATA「生きものとの協働から生まれる、予測不能なテーマ」【創造の挑戦者たち#75】

  • 写真:野村佐紀子
  • 文:中島良平
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AKI INOMATA●1983年、東京都生まれ。2008年に東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻修了。おもな個展に十和田市現代美術館(19年)、ナント美術館(18年、フランス)。国際展・グループ展に『あいち2022』(22年)、『Broken Nature』ニューヨーク近代美術館(21年)などがある。

森美術館で開催中の『六本木クロッシング2022展:往来オーライ!』の展示終盤、まるで人体を抽象化した彫刻のような、木製の立体物で構成されたインスタレーション作品が現れる。生物の関わりから生まれるもの、あるいはその関係性を提示する現代美術家、AKI INOMATAによる『彫刻のつくりかた』だ。「作品の作者とは誰を指すのか?」というアートにおける根源的な問いかけをする本作は、「ビーバーが齧った木の形が純粋に面白いと思った」ことが制作の起点になったのだという。

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「ビーバーが齧ったあとの木を集めてみると、ねじれたような形に削られたものもあれば、木の節の硬い部分は齧られずに残されたものなど、さまざまな特徴があることに気づきました。これはビーバーが齧って生み出した造形というよりも、齧ったことで露わになった木そのものの造形とも言えるかもしれない。この木の作者はビーバーなのか、それとも木なのか、そんな問いが生まれてきました」

5つの動物園に木片を設置させてもらい、ビーバーに齧らせた。回収した木片を彫刻家に渡し、3倍のサイズで模刻を依頼。さらには、コンピューターで形状を読み取り、自動切削機(CNC)による複製も実施した。彫刻家のノミ痕からは、その形を解釈したつくり手としての意識や、意図の見えない形を模刻したことへの戸惑いのようなものが感じられたという。そして、CNCによる複製からは、形はビーバーの木片と一緒であるにもかかわらず、どの部分をどう彫ろうかという一切の意思が欠落しているように感じた。そうして生まれたすべての立体物で作品が構成されているが、作者はビーバーなのか、INOMATAなのか、木なのか。はたまた、彫刻家なのか、CNCなのか、もはや曖昧になってくる。

「ビーバーに齧ってもらうことから始まって、いろいろな発見があって彫刻家の模刻などへアイデアが広がり、『作家性』というテーマがより浮き彫りになっていきました。つくりつつドライブしていった感覚です」

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生きものとの協働から、見えてくる世界とは

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テーマありきで作品を制作するわけではない。疑問や純粋な興味からつくり始め、進めていく過程でテーマが見えてくるという。それをさらに掘り下げるためになにができるかを考え、作業を続ける。学生時代には、情報化社会が進み、人間があらゆるものをコントロールすることに違和感を覚え、自然物とコネクトできる可能性を探り、制作を行った。その経験から、人の作為性から離れるべく、言葉でコミュニケーションをとれない生きものと協働する発想が生まれた。

その後、成長をする度に、自分のサイズに合ったよりよい「やど」を見つけて引っ越しをする習性があるやどかりと協働した『やどかりに「やど」をわたしてみる』を2009年に発表し、一躍注目を浴びる。さらに、ペットと人との関係を問い直す作品『犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう』や、ミノムシにカラフルな布片を与えてミノをつくってもらう作品など、さまざまな生きものと協働を繰り返してきた。

「作品をつくっていると、自分の思考が広がる瞬間があります。それまで自分が考えていたこととは違うことを考えられるようになって、思考が進むような感覚を得られるんです。つくり続けることによって、見える世界が変わっていく。それがあるから制作を続けるのかもしれません」

素直に疑問と向き合い、興味を抱いたことには実際に手で触れてみる。好奇心と行動力が結びつき、それが創作の原動力となっているINOMATAは、自身の作家活動を登山に例えた。

「登れば登るほど違う景色が見えてきて、それをシェアするために作品にして、登り続けると次の山が見えてくる。どこまで行けば到達点だという感覚はなくて、その先が見たいから登り続ける。エンドレスなんですよ」

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WORKS
『やどかりに「やど」をわたしてみる』(2009年~)

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フランス大使館解体イベントに参加した際、その土地が「フランス」になったり「日本」になったりすることに衝撃を受け、制作。自分がつくった「やど」にやどかりは引っ越してくれるのか、という実験を繰り返し生まれた作品。

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『犬の毛を私がまとい、私の髪を犬がまとう』
(2014年)

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チェロという名の飼い犬と自分の髪を数年かけて集め、その毛と髪で衣服・毛皮をつくった。実際に制作した衣服・毛皮を展示する他、その制作プロセス、互いに身に纏って散歩する様子を収めた映像も展示した。

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展覧会 『六本木クロッシング2022展:往来オーライ!』

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3年に1度、日本の現代アートシーンを定点観測的に総覧する企画展。日本のアーティスト22組の作品約120点の作品が紹介されているこの展覧会に、『彫刻のつくりかた』を出展。3月26日まで、森美術館で開催中。

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※この記事はPen 2023年4月号より再編集した記事です。