写実を超えた画力が描き出す、眼では捉えきれない対象の本質
緻密で端正な画風で知られる写実絵画の第一人者・諏訪敦は、「実在する対象を眼に映る通りに写す」写実性から脱却する意欲的な取り組みを行ってきた。
本展の第1章では、祖父母一家の満州引き揚げの足跡をたどったプロジェクト『棄民』を展示する。父の手記を手がかりに、幾人もの協力者を得て現地取材に挑んだという。病床で死を悟った父。極寒の地の収容所で病没した祖母。生者と死者のあわいで幼子を慈しむ祖母。少年時代の父の視点が憑依したかのような怜悧な筆致は、壮絶な家族の歴史を一編の叙事詩に描き出す。
第2章では、猿山修、森岡督行と結成した「藝術探検隊(仮)」の活動をもとに、静物画をめぐる歴史を俯瞰的に考察する作品を展示。妙に惹かれるのがガラス器の周囲に踊る光の飛沫のような描写だ。これは展覧会タイトルのゆえんとなった、長年悩まされる閃輝(せんき)暗点の症状により視界に現れるビジョンを絵画に描き入れた、まさに「写実」の真摯な試みである。
第3章では肖像画に焦点を当てる。1999年から描き続けてきた唯一無二の舞踏家・大野一雄が亡くなって以来、諏訪は大野研究を作品化するパフォーマー川口隆夫の協力を得て、亡き舞踏家の召喚を試みてきた。諏訪はこれまで依頼された肖像画の制作過程でも、ときに像主を死によって失うことを経験した。忘れがたい人たちとの協働の中で彼がたどり着いたのは、「描き続ける限り、その人が立ち去ることはない」という確信だ。過剰なほど丹念な調査と取材をもとに、その人物が歩んだ人生や歴史をも描き出そうとする制作スタイルは、そのような出会いと別れの中で培われたのだ。人が生きた時間を画布に積層させる諏訪の画力は、現代美術家としての「眼に見えない本質」の探求という矜持を示している。
『諏訪敦 「眼窩裏の火事」』
開催期間:~2/26
会場:府中市美術館
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~17時 ※入場は閉場の30分前まで
休館日:月曜日
料金:一般¥700
www.city.fuchu.tokyo.jp/art/tenrankai/kikakuten/2022_SUWA_Atsushi_exhibition.html
※この記事はPen 2023年3月号より再編集した記事です。