ドイツ出身で現代を代表する写真家のヴォルフガング・ティルマンス(1968年〜)は、身近な人々や屋内外の何気ない光景などをモチーフにしつつ、写真やイメージの創造の境界線を拡張するような作品を展開してきた。また写真を社会的、あるいは政治的な実践と捉えるティルマンスは、ポストパンク世代の若者や音楽におけるカウンターカルチャー、さらにゲイコミュニティの目撃者となって、日常の断片と身体の脆弱性を写し出している。2022年の秋にはニューヨーク近代美術館にて大規模な回顧展が開かれるなど、いま、世界で最も注目されているアーティストのひとりと呼んでも良い。
エスパス ルイ・ヴィトン東京で開催中の『ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of life」』では、2007年以降に収集し続けてきたフォンダシオン ルイ・ヴィトンの30点を超えるコレクションより、厳選された作品が公開されている。1992年から展覧会の構成も自ら手がけるティルマンスは、今回の個展でも斜めに空間を仕切るような壁を設置し、そこへ大小さまざまなサイズの写真を壁にクリップでとめたり、また額装したりして展示している。肖像画、静物画、風景画といった伝統的なジャンルに立ち戻りつつ、場所もスケールも異なったイメージがあまねく遍在するように並んでいるのも特徴だ。
現代のリアルを切り取った写真でありながら、古典的なイメージから抽象的な世界が見え隠れするのも面白い。『Torso』(2013年)とは、タイトルが示すようにトルソーを主題としていて、かつてミケランジェロが讃え、多くの芸術家らにもインスピレーションを与えてきた古代彫像「ベルヴェデーレのトルソ」を意識している。また水を入れた複数のガラス器や植物、それにコインなどを家庭的な雰囲気で写した『Still Life, Bourne Estate』(2000年)は、写真のフォーマットも相まって、17世紀のオランダ絵画を想わせるような作品だ。さらに『Summer party』(2013年)は、エドゥアール・マネの『草上の昼食』を彷彿させ、観葉植物を捉えた『Zimmerlinde (Michel)』(2006年)は、1つのディテールから抽象的なコンポジションが浮かび上がっている。
「写真とは極端に薄いキューブであり、モノ化したイメージである。」と語り、鑑賞者に対して写真がどう作用するかを意識しているというティルマンスは、「何が映っていて、どう映っているのか、それぞれのつながりを見つけて欲しい。」とインタビュー映像にて呼びかけている。作品は『Still Life, Bourne Estate』(2000年)にはじまり、大阪のホテルで撮影された『Osaka still life』(2015年)、そしてコロナ禍のもとに制作された『Hanging Tulip』(2020年)と続いていて、ここ約20年のティルマンスの視点と関心の在り処をたどることができる。展示室に立つ壁をぐるりと周って写真に向き合いながら、ふと開ける意外な光景に美しさを感じつつ、自然や日常に潜む不滅の一瞬を見出したい。
『ヴォルフガング・ティルマンス 「Moments of life」』
開催期間:2023年2月2日(木)〜6月11日(日)
開催場所:エスパス ルイ・ヴィトン東京
東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル 7階
TEL:03-5766-1094
開館時間:11時~19時
休館日:ルイ・ヴィトン 表参道店に準じる
無料
www.espacelouisvuittontokyo.com