【東京クルマ日記〜いっそこのままクルマれたい〜】 第168回“ダークサイドのビスポークモデル、謎めいた仮面は「黒」とは限らない”

  • 写真&文:青木雄介
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ブラックバッジ・シリーズは反骨の精神をもつ成功者、「ディスラプター(破壊者)」をイメージ。

ロールス・ロイスのビスポークモデルである「ブラックバッジ・ゴースト」に乗った。ブラックバッジはダークサイドを表現したモデルで、象徴ともいえる車体先頭に立つ女神(スピリット・オブ・エクスタシー)さえも黒に塗り上げられている。日本での販売のうち約4割がブラック・バッジで4万4千色から外装色を選べるのに、ほとんどのオーナーはベーシックな黒を選ぶそう。

 

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ポスト・オプュレンス(脱豪華さ)から生まれたインテリア。

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なぜだろう? ハンドルを握りながら、なんだかもったいない気がしていた。ブラック・バッジとはオーナーのペルソナ(仮面)を指すものであり、黒色そのものではない。バットマンは黒を纏うものの、仮面の内側のブルース・ウェインはもっと奥深い情熱を表現する赤が似合うのではないか、とかね(笑)。たとえば試乗したこのマグマ・レッドのように。

ブラック・バッジ・ゴーストはノーマルのゴーストより、馬力とトルクを上げ、600馬力で900Nmのパワーを誇る。この格上げされたパワーを楽しむためのブラック・バッジ専用のモードが「ローモード」だ。シフトスピードは通常より50%以上も速くなり、そもそもドライバーズカーとしても卓越したモデルであるゴーストにシャープな乗り味を加える。ブラックバッジ・ゴーストのハンドルを握るなら、このモードに固定したいぐらい素晴らしい。

まずゴースト同様に驚異的な鮮明さで車体の情報を伝えてくるステアリングがあり、「ローモード」で洗練されたアクセルワークがそれに応える。一見すればどのクルマにもあるスポーツモードのようだけど、狙いは別にある。2.5トンに達するド迫力な重量級の車体を、風に舞う羽のように軽い物体としてドライバーに感じてもらうパラドクスな体験のためにあるんだ。速度があがるにつれ、そんなイメージが浮かんできた。

超高速で疾走する巨大な影。その中で助手席や後部座席に乗る乗員はスピードの脅威を感じることなく、明日提出する課題のことを考えたり、ヴィンテージワインに最適な11℃に冷やされた年代モノのワインを楽しんでいる。そんなダークで優雅なイメージは映画でいえばマット・リーヴス監督による『ザ・バットマン』最新作のよう。ひたすらダークな世界設定に名画のオマージュを重ねた格調高い映像は、現代に甦ったノワールサスペンスの傑作なのね。

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ノワールな雰囲気を高めるために光沢部品は減らした。世界中の雨粒を計測して雨どいを設計。

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助手席のイルミネーテッド・フェイシアに浮かぶインフィニティ(∞)マーク。

そもそもブラックバッジのアイコンであるインフィニティ(∞)のシンボルだって謎めいている。1937年にロールス・ロイスR型エンジンを搭載したスピードボートで世界最高速度を記録したマルコム・キャンベル卿のボートに使われたシンボルである。

なぜブラックバッジにこのシンボルが必要なのか? バットマンの最新作で仮面に関する象徴的なシーンがある。物語のクライマックスで敵役であるリドラーはバットマンのマスクを見ながら「素晴らしい」と感嘆する。

「みんなその仮面をはぎたがるけどわかっちゃいない。私の前には本当のお前がいる。仮面によって真の自分になれる。そこに恥もなければ限界もない」

ブラックバッジ・ゴーストに乗ると、その言葉を思い出さずにはいられないんだ。

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専用ホイールは21インチ。44層のカーボンファイバーで構成される。

ロールスロイス・ブラックバッジ ゴースト

サイズ(全長×全幅×全高):5545×2000×1570㎜
排気量:6748cc
エンジン:V型12気筒ツインターボ
最高出力:600PS/5250rpm
最大トルク:900Nm/1700-4000rpm
駆動方式:4WD(フロントエンジン四輪駆動)
車両価格:¥44,800,000~
問い合わせ先/ロールス・ロイス・モーター・カーズ 東京
www.rolls-roycemotorcars.com

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※この記事はPen 2023年3月号より再編集した記事です。