【小山薫堂の湯道百選】第七七回“湯は、志をひとつにする。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂
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〈映画『湯道』内〉
まるきん温泉

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『湯道』という映画のすべての始まりは、長崎で一軒の銭湯に出あったことだった。その名は「丸金温泉」。既に廃業しており、暖簾の掛かった姿を見ることはできなかったが、哀愁に満ちたその佇まいを目にした瞬間、この銭湯を舞台にして物語を書いてみたいと思った。プロジェクトが立ち上がったのは2018年の冬。映画制作の第一歩は、監督・プロデューサーとともに丸金温泉を見に行く長崎旅だった。それからシナハン(=シナリオハンティング)と称して、どれだけの銭湯や温泉を巡っただろう。結局、最初の構想は大きく変わり、京都の撮影所に架空の銭湯をつくることになった。「まるきん温泉」という名前だけを残して……

美術デザイナーの棈(あべ)木陽次さんが設計した銭湯は本当に素晴らしかった。富士山のペンキ絵を背負う関東風と、中央に浴槽を配する関西風の混合様式。タイルの模様から貼り紙などの細部にまでこだわり、沸かし湯を注げば普通に入浴もできる。銭湯ファンが思い描く理想の姿で、永遠に遺したいと思うほど完成度は高かった。

撮影が終了し、取り壊される直前に、監督やプロデューサーたちと最後の湯に浸かった。およそ4年を巻き戻しながら、ともに浸かってきた湯を反芻すると、みな自然と笑顔になった。湯道には「湯を以(も)って和と為(な)す」という言葉がある。同じ湯に浸かるだけで和が生まれる、という意味だ。それを重ねれば、和は志へと昇華し、やがて最良の結末へとたどり着く……と信じている。

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映画『湯道』の主人公・三浦史朗と悟朗の実家として登場する「まるきん温泉」

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監督がイメージしたのは、シナハンで訪れた長崎の「丸金温泉」と島原半島にある「おたっしゃん湯」(湯道百選第11回)から。町の人に愛される古きよき浴場。セットの道具は、2021年に廃業した京都の「柳湯」(第4回)から借り、本物さながらの空間となった。

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※この記事はPen 2023年3月号より再編集した記事です。