指揮者・佐渡裕が共鳴した、最高峰の時計づくりと芸術性
ヴァシュロン・コンスタンタン本社を訪れた指揮者の佐渡裕さん。スイス・ジュネーブの地で、音楽と時計づくりの創造性が呼応する。
佐渡 裕(Yutaka Sado)
1961年、京都府生まれ。故レナード・バーンスタイン、小澤征爾らに師事。ウィーンを拠点に世界の第一線で活躍する一方で、クラシック音楽の魅力をより一般に広める活動も継続。今年、新日本フィルハーモニー交響楽団音楽監督に就任。
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1755年にジュネーブで創業したヴァシュロン・コンスタンタンは、現存する最古のマニュファクチュールとして名高い。今回、その時計づくりの現場に直に触れたのが、世界的な指揮者のひとり、佐渡裕さんだ。ウィーンを拠点に活動し、今年4月からは新日本フィルハーモニー交響楽団の音楽監督に就任する。1999年以来指揮を執り続けてきた『サントリー1万人の第九』の総監督としても知られる存在だ。
ヴァシュロン・コンスタンタンとは、2021年12月に誕生した銀座本店のオープニングゲストとして登場して以来、ともに伝統を継承し現代的解釈をなす者として縁をつないできた。いざ工房に足を踏み入れると、クラシック音楽の深遠に向き合う佐渡さんの創作に通じるものがあるのか、初めての時計製作現場に興味津々の様子だ。
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過去と未来をつなぐ、“時の至宝”が生まれる場
まず目にしたのは、美しく仕上げられたムーブメントの土台となるパーツだ。熟練技術者の手仕事は、小さな部品の外からは見えない細部にまで注がれる。「すべてはパーフェクトな時計のために」との説明に佐渡さんも深く頷く。
目を見張ったのは修復部門だ。200年以上前の懐中時計を、当時の資料を調べ、保管していたパーツと照合し、欠損分は当時の工作ツールも使ってつくり直し、2年以上かけて完成させた。考古学のように解析し、復元していく作業を、譜面から先人の思いを読み解き、生き生きと現代に蘇らせる指揮に重ねたのかもしれない。
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装飾部門では、エナメル、彫金、宝飾、ギョーシェ彫りといった伝統技法に感嘆する。ヘッドフォンを付けた彫金師から「心を静めて集中するためにクラシック音楽を聴きながら作業する」と聞き、思わず佐渡さんも微笑んだ。当人も相手が佐渡さんであることに感動しきり。
最後のグランドコンプリケーション工房では、多くの複雑機構を統合した究極の技術に舌を巻いた。だがそれも、すべて最初に見た小さなムーブメントパーツから始まっている。部品一つひとつが、関わる一人ひとりの想いが結集し生まれる、まさに時のオーケストラなのだ。
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こうした最高峰の時計づくりとともに、その価値と世界観を伝える空間として、ジュネーブ旧市街にある本店も見逃せない。世界中から訪れる観光客だけでなく、地元の時計愛好家が集まり、リラックスしたサロンのような空間で会話が弾む。ジュネーブで誕生し、育まれたメゾンにふさわしい本丸であり、そうした人と人との出会いが新たな物語を紡いでいくのだろう。
Vacheron Constantin
Geneva - Place de Longemalle
住所:1, Place de Longemalle, Geneva, 1204
TEL:+41-22-316-17-40
営業時間:10時~18時30分(月~金) 10時~17時(土)
定休日:日曜
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人間の想いが生む、記憶に残る時間と音楽
アトリエ探訪を終えた佐渡さんを迎えたのが、ヴァシュロン・コ ンスタンタンのブランドコンセプトを指揮するクリスチャン・セルモニさんだ。誇りうるヘリテージを活かし、メゾンの未来を方向づける重責を担う。時計もさることながら「音楽も人生において大きなパッション」と語り、初対面とは思えないほど打ち解けた雰囲気からふたりの対話は始まった。
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佐渡 時計のアトリエというと、もっと閉鎖的で重たい雰囲気なのかと思っていましたが、すごく開放的で建築のデザインも素晴らしかったです。しかもそこでみなさんが生き生きと作業している。膨大な数のごく小さな部品から時計ができていることにも驚きましたし、それぞれ専門分野があり職人的だけれど、完成した時計はアートに昇華していると感じました。
セルモニ そうですね。私たちにとって時計づくりとは、アートとクラフトマンシップだと思っています。それは手から生まれるインテリジェンスであり、佐渡さんの指揮の領域にも近いと思います。 我々はラグジュアリーブランドではありますが、そういった呼び名よりもむしろオーセンティックなウォッチメイキングの芸術を追求 するメゾンだと思っています。
佐渡 たとえばクラシック音楽では、コンサートホールの役割は非常に大きく、ひとつの楽器のように、そこでしか出せない音があります。この建物にもそんな印象をもちました。みなさん一人ひとりにブランドの精神性が浸透しているように感じました。
セルモニ 私たちは、伝統を大切にして道具や機械は100年前のものも使っていますが、それを活 かし現代的な表現をしています。昔のものを用いても過去に固執するのではなくて、前を向いて進んでいくという姿勢は、クラシック音楽にも共通すると思います。
佐渡 まさにそうですね。250年前のベートーベンやモーツァルトの曲を聴けることに価値があるのではなく、先人が曲に込めたさまざまな感情を舞台でオーケストラとともに“いまの音楽”として生み出し、客席のお客さんと新たな感動を共有することを僕はいつも目指しています。
セルモニ 1世紀前につくられた曲でも昨日つくられた曲でも、それは万人のための言語のようなものであり、私たちは人間としてそれが理解できます。クラシック音楽というのは、そんな魂に訴えかけるものだと思います。
佐渡 僕は中学生の時、初めて自分の時計を手にしましたが、それは当時出始めだったデジタル時計でした。精度の高さとデザインに憧れたんです。でも、40年経ってみると魅力は色褪せる。指揮者も同じで、リズムを正しく刻まなくてはならないが、正確に振るだけでは指揮台に立つ意味はないと僕は思うんです。育った家にはいつも遅れる振り子時計があって、父が毎晩ネジを回して時間を合わせていました。時計は正確でないと駄目なんですが、それでもとっても幸せな時間を刻んでくれ、それがあることで僕らは家族の絆を強く感じられたものです。
セルモニ 素晴らしい話ですね。時計づくりも人間が行っているわけで、もちろん精度を上げないといけませんが、感情をかき立てるものでもあるべき。指揮によって音楽のエモーショナルな面を引き出すのが大切なのと同じことですね。いま私たちは、音楽でのパートナーシップを通して、若いアーティストをサポートし育成していくプログラムに取り組んでいます。時計づくりとは直接関係ないように見えても、このプロジェクトと我々のクラフトマンシップの伝承には共通点があるのです。
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佐渡 自分は指揮者として音楽を次の世代につなげていくために、小学生から高校生までのスーパーキッズ・オーケストラを指揮したり、学校を回って音楽の授業をしています。僕自身も師であったレナード・バーンスタインさんや小澤征爾さんによって引き上げられたし、いま61歳になってその役目が自分に回ってきたんだなと。音楽を通して彼らとつながりたいし、自分の才能を社会でどう活かしていくのかを伝えていきたい。それは指揮者だからではなく、人としてやらなきゃいけない仕事だと思っています。
セルモニ その取り組みにすごく感銘を受けます。現代は本当にデジタル中心の世界でさまざまな情報があふれていますが、次世代に向けて我々が継承してきた伝統や人間的な価値について、時計づくりや音楽において伝えていかなければいけないと感じています。
佐渡 そうですね。僕らは1回1回の演奏会に人生をかけるわけですが、鳴った瞬間に消えていくのが音楽の宿命です。でもそれが人の記憶として残り、「あの演奏会は一生忘れません」と言ってもらえるようでありたいと願っています。ヴァシュロン・コンスタンタンにしてもただ美しい時計をつくるだけでなく、持った人にどんな感動を与えられるかを考えてつくられていることが伝わります。そこに美学と職人魂を感じますね。
セルモニ まったくその通りで、美しい時計というのはデザインも欠かせない要素ではありますが、むしろディテールが大切だと思います。それは私たちのアルチザン、熟練職人の手作業によって生まれます。時計とアートとの境界は不明瞭ですが、美しいオブジェをその手でつくる技能をもつことで、完成した時計に芸術的な価値が宿り、時代を超越する。だからこそクラフトマンシップは、私たちの最も大切な価値のひとつであると思います。
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躍動する時代の息吹を注ぎ、現代に蘇ったアール・デコの意匠
時代を超越したクラシックは、常にモダンであり続ける
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永遠の優美を奏でる「パトリモニー」で、ふたりの時を刻む
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問い合わせ先/ヴァシュロン・コンスタンタン TEL:0120-63-1755
www.vacheron-constantin.com