1967年に生まれ、緻密で再現性の高い画風で知られる画家の諏訪敦。「視ること、そして現すこと」を問い続け、絵画制作における認識の意味を拡張しようとする諏訪は、ひとつの作品の制作期間がのべ数年にも及ぶことがあるほど、対象をインタビューや文献資料などで丹念に取材。そして眼では捉えきれない題材に肉薄すると、新たな視覚像として絵画に提示してきた。写実絵画のトップランナーと目されながら、「実在する対象を、眼に映るとおりに写す」という写実性から脱却する試みを続けている。
現在、府中市美術館では、公立美術館としては11年ぶりの個展となる『諏訪敦「眼窩裏の火事」』が開かれている。ここでは終戦直後の満州で病没した祖母をテーマにしたプロジェクト「棄民」をはじめ、コロナ禍の中で取り組んだ静物画、さらには最初期より手がけてきた舞踏家の大野一雄を描いた絵画などが紹介されている。またグラフ用紙に描かれたデッサンや取材資料、そして作家初の立体作品も展示されていて、諏訪の思索や制作のプロセスから新たな取り組みを知ることができる内容だ。静物画が台上に置かれた博物館の標本室を思わせる展示室から、左右に肖像画の並んだ通路を経て、最新作『Mimesis』の展示された白く明るいスペースへと続く、厳かながらもドラマチックに展開する空間構成も魅力といえる。
タイトルの「眼窩裏(がんかうら)の火事」とは、一体、何を意味するのだろうか。注目したいのが『目の中の火事』と題する一枚の静物画だ。そこにはアンティークと現代のワイングラスなどが描かれているが、ちょうど画面の中央にて白い靄のような光が揺らいでいることが見てとれる。これは閃輝暗点(せんきあんてん)という血流の異常に関係する症状で、近年諏訪は視野の中心が溶けたり、突然現れる脈打つような強烈な光に悩まされてきたという。つまり実在しない光や揺らめきでありながらも、眼窩の裏側の脳内に現れたリアルともいえ、その描写から写実を問い直そうとする諏訪のスタンスも垣間見ることができる。
膨大で綿密な取材を行い、描こうとするものの把握に努める諏訪は、取材が進展して認識が更新されると、一度発表した作品でも画面を改めていく。そして途切れることなく肖像画の依頼を受けるなかで、制作途上の作品も多く生まれ、ときには像主を死によって失うことも少なくない。そこで諏訪がたどり着いたのは「描き続ける限り、その人が立ち去ることはない。」という確信だった。諏訪の肖像画を見ていると、不在であるはずの像主が召喚されて目の前に現れ、薄いガラス一枚を隔ててあたかも実際に対面している時のような緊張感にとらわれる。「像主がどのように生き、時を過ごしてきたのか?」と物静かに語り出し、人の気高さ、また尊厳までが滲み出す諏訪の渾身の絵画と府中市美術館にてじっくりと向き合いたい。
『諏訪敦「眼窩裏の火事」』
開催期間:2022年12月17日(土)~2023年2月26日(日)
開催場所:府中市美術館
東京都府中市浅間町1丁目3番地(都立府中の森公園内)
TEL:050-5541-8600(ハローダイヤル)
開館時間:10時~17時 ※入館は16時半まで
休館日:月曜日(1月9日は開館)、12月29日(木)~2023年1月3日(火)、1月10日(火)
観覧料:一般¥700(税込)
www.city.fuchu.tokyo.jp/art