今月のおすすめ映画①『イニシェリン島の精霊』
二人の男の仲違いを通して語る、人間の不可解さや争いについて
『スリー・ビルボード』で数々の映画賞を受賞したマーティン・マクドナー監督は、新作の舞台に自身のルーツでもあるアイルランドを選んだ。小さなコミュニティの中で行き詰まっていく関係や、どこに転がるのか先読みできない展開。不穏なムードとユーモアが交互に顔をのぞかせ、善悪の二元論では語れないトラジコメディーを描かせたら他の監督の追随を許さないことを、マクドナー監督はこの作品で改めて証明している。
1923年、アイルランド西海岸沖のイニシェリン島。のんきに暮らすパードリックはある日、年の離れた友人のコルムから絶交をしたいと告げられる。パードリックは突然の断絶状態に抵抗するが、コルムは「これ以上、俺を煩わせたら自分の指を切り落とす」という意味不明な宣言をして、事態はさらに混迷を極めていくのだ。
残りわずかな時間を無駄にせず、作曲に費やしたいというフィドル弾きのコルム。パブで他愛もないおしゃべりをする日常を愛しているパードリック。同じ頃、本島では内戦が繰り広げられている。島の人々は対岸の火事のようにそれを眺めているが、戦争とはまさにこのふたりの諍いとそっくりな、理不尽なものなのだろう。
監督は絵画のような映像の中に、パードリックの聡明な妹、聖なる愚者たる青年、不吉な老婆といった魅惑的な人物をちりばめ、最後まで観る者を惹きつける。次第に大の大人の男ふたりの痴話喧嘩のようにも見えてきて、我々は一体なにに付き合わされているのか?と戸惑い、笑い、血みどろの描写に衝撃を受ける場面が次々に立ち現れる。人間という不可解な生き物について、そして争うことの馬鹿馬鹿しさや無意味さについて、考察しがいのある寓話であることは間違いない。
『イニシェリン島の精霊』
監督/マーティン・マクドナー
出演/コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソンほか
2022年 イギリス・アメリカ・アイルランド映画1時間54分 1/27よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画②『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
偉大なマエストロの人生を、名曲の数々とともに振り返る
『荒野の用心棒』『ニュー・シネマ・パラダイス』『アンタッチャブル』など、驚異的な数の名曲を残し、2020年に91歳でこの世を去ったエンニオ・モリコーネ。彼のインタビューを中心に、地道に努力を続けた天才の人生に迫る。5年以上の密着取材を許されたのは、モリコーネ自身が指名したジュゼッペ・トルナトーレ監督。マエストロの素顔と貴重なエピソードが明かされ、美しいメロディとともに名画を観た時の感動がよみがえる。
『モリコーネ 映画が恋した音楽家』
監督/ジュゼッペ・トルナトーレ
出演/エンニオ・モリコーネ、クリント・イーストウッドほか
2021年 イタリア映画 2時間37分 1/13よりTOHOシネマズ シャンテほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
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今月のおすすめ映画③『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
MeToo運動に火をつけ、世界をゆるがした女性たちの戦い
ニューヨーク・タイムズ紙の調査報道官であるジョディとミーガンは、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行の噂を追いかけるが、いくつもの壁に突き当たる。MeToo運動に火をつけた記事をめぐる、同名のベストセラー回顧録を映画化。気の遠くなるような調査に取り組んだジャーナリストと、次の世代のために自分を奮い立たせた被害者。怒りと痛みとともに、声を上げた女性たちの勇気に胸が熱くなる。
『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』
監督/マリア・シュラーダー
出演/キャリー・マリガン、ゾーイ・カザンほか
2022年 アメリカ映画 2時間9分 1/13より全国の劇場にて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2023年2月号より再編集した記事です。