これからの“スタンダード”について、時代を切り拓くクリエイターとそれぞれの愛用品とともに考えた。
自分とは真逆の性質に、憧れの気持ちを抱く──江﨑文武(ミュージシャン)
バンドやソロでの活動のほか、アーティストへの楽曲提供や編曲・プロデュースに加え、映画音楽、アニメーション音楽、CM音楽などを幅広く手がける江﨑文武。やわらかなシルエットをミニマルなモノトーンでまとめたコーディネートに、「ダービー」を合わせてくれた。これまでは音楽活動ばかりに情熱を注いできたという彼だが、コロナ禍で外出もままならない状況が続くなかで、改めて自分の身の回りのものに意識を向けるようになったという。
「もともと小学生の頃は工学部に進むことを夢見ていたほど、ものづくりに強い憧れを抱いていました。凝り始めるとマニアックに突き詰めていくタイプなので、大人になったいまも洋服や靴はもちろん、椅子、皿、時計、カメラなど、欲しいものがどんどん増えてしまうのが悩みです(笑)」特に、質実剛健なドイツのデザインに惹かれることが多いという江﨑。その理由は、自分とは真逆の性質だからという。「僕自身の音楽は、どちらかというとやわらかくて、時に抽象的でもあるフランス寄り。だからビシッと計算されつくしたようなドイツの音楽やデザインに触れると、とてもいい刺激になるんです。バンド活動にしてもそうですが、異なる性質をもつ個性が混ざり合うことで、そこから新しいものが生まれていきます」
細部まで美意識あふれる江﨑の音楽観は、彼のもの選びにも直結しているようだ。
江﨑文武/ミュージシャン●1992年、福岡県生まれ。4歳からピアノを、7歳から作曲を学ぶ。東京藝術大学音楽学部卒業。自身のバンドWONK、millennium paradeでキーボードを務めるほか、KingGnu、Vaundyなど数多くのアーティストの作品に参加。2021年よりソロ活動もスタート。
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柔軟なマインドで変容していくスタイルを楽しむ──蓮沼執太(音楽家)
アンビエント、サウンドインスタレーション、ポップオーケストラなど、ジャンルや編成にとらわれることのない、自由な創作活動を続ける蓮沼執太。それがどんなに前衛的、または実験的な試みだったとしても、奇をてらうことなく、誰の耳にも親しみやすいポップなサウンドへとアウトプットする蓮沼のスタイルは、常に自然体で気負いのない、彼自身の佇まいにも表れている。
「いまの時代は、新しさの見出し方も変化していて、古いスタイルやシステムをただ壊して、アヴァンギャルドなことをすればいいのかといったら、必ずしもそうではありません」と蓮沼。以前よりも多様で柔軟な現代社会では、"壊す"という行為自体が、すでにありふれた手法のひとつになっていると彼は考える。「過去のいろんなスタイルを吸収した上で、これまでとは違った側面にフォーカスするだけで、見えかたが変わり、新しさが生まれると思います。だから僕も、自分のなかのスタンダードのようなものを大事にしつつも、常にそれを裏切っていきたいという思いがあるんです。時代の流れを見てリアクションしたり、あえてやったことのない手法を選んだりすることで、スタンダードは常に刷新されていくと思います」
身の回りの品も、親しみやすいクラシックなスタイルをベースにしながら、モダンさを求める蓮沼のもの選びは、普遍的でありながら、どこか新しい。
蓮沼執太/音楽家●1983年、東京都生まれ。2010年に蓮沼執太フィルを組織。国内外での音楽公演をはじめ、映画、ドラマ、演劇、ダンスなど、ジャンルの枠を超えた音楽制作活動を行うほか、個展やインスタレーションなど、新たな表現方法の創出にも積極的な姿勢を見せる。
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心地よさを求め、自分に最適な機能を選択する──小川 哲(作家)
「新定番と聞いてまず思い浮かべるのは、使いやすくて、心地よくて、とりあえずそれを身に着ければ、どこに出て行ってもさまになるもの」と語る、作家の小川哲。20代の頃はいろいろなジャンルのファッションに目移りしていたという小川だが、30代になってからは、自分に必要なものがはっきりしてきたそうだ。
最近、洗濯に費やす時間を短縮するために、乾燥機付きの洗濯機を購入したという小川は、「いまはシワになりにくくて、乾きやすい素材であることが、服選びでの一番の基準になっています(笑)。靴選びにしても、昔はかっこよさを優先して、少しくらい痛くても我慢して履き通しましたが、いまはお洒落のために無理すること自体がお洒落じゃないと思うようになったので、履き心地や利便性が、価値基準の上のほうに上がってきています」と続ける。そんなふうに自分の価値観が変化するタイミングにこそ、新しいスタンダードとの出合いがある。「若い頃は、いろんな種類のアイテムをたくさん所有することに意義を感じていましたが、いまは自分の感覚に合っているものであれば、毎日同じ格好でもいいと思っています。まったく同じアイテムを、繰り返し購入するようなことも増えました。
この『ダービー』はスニーカーのような軽くてやわらかいフィット感と、スタイリッシュなデザイン性が両立していて、とてもバランスのいい靴だと感じています」
小川 哲/作家●1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在学中の2015年に『ユートロニカのこちら側』(早川書房)でデビュー。17年『ゲームの王国』(早川書房)が第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞受賞。最新著書に『地図と拳』(集英社)がある。
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