最上の焼き鳥とジョージアワインが、目黒「鳥しき」で出会う。

  • 文:森一起
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今では多くの弟子たちが育ち、鳥しき一門のトップに立つ池川さん。その姿勢と矜持は、職人というより武道の達人を思わせる。

鷄にも四季があって、夏の鷄、冬の鷄があり、同じように夏の炭、冬の炭があると思うんです。だから、扱い方も火の入れ方も違う。冒頭、池川さんの言葉に瞠目した。

それは、割烹の和食と同じように、イタリア料理にも四季があるのだと教えてくれた鈴木美樹シェフのひと皿を思い出させる心を洗われる言葉だった。思えば、色や造形などの「映え」に走らない潔い皿の上の情景にも通じるものがある

鳥しきの「しき」とは「四季」であり、同時に池川さんが焼き鳥という料理を日本文化の1つに高めた「志気」に違いない。

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その独特の琥珀色からアンバーワインと呼ばれるジョージアのワインは、イギリスのインポーターが後に名付けたオレンジワインの源流となった。

常に日本料理のジャンルの1つとして、焼き鳥界全体の地位向上を牽引してきた池川さん。それは炎の芸術とも言える本人の「焼き」にかける情熱ばかりでなく、絶え間ない気遣い、きめ細かなホスピタリティの上に成り立っている。

コロナ禍が一応の落ち着きを見せ、アルコールの提供が自由になった時、池川さんが新しい焼き鳥の相方として選んだのはワイン。赤でもなく、白でもなくアンバー。近年、日本でも人気が高いオレンジワインの源流となったジョージアのワインだった。

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金槌で炭を叩きながら、常に一定の温度を保つために炭を詰めていく。鳥しきの焼き鳥は、火のエネルギーそのものだ。

「もともと子どもの頃から、自分の生活の中に焼き鳥があったんです。学校帰りに20円とか30円の焼き鳥を1本だけ買って食べながら帰ると、家に帰っても焼き鳥の薫香と風味が余韻のように残っていて、いつのまにかそれが土曜の放課後のご褒美になってました」

大学時代の夏休み、浜松で焼き鳥屋を営む友達の実家に滞在。手伝いをしている内に、少年時代の焼き鳥との蜜月とお客さんたちの笑顔が重なり、もう一度焼き鳥への興味が蘇ってきた。しかし、世はバブル崩壊直後、一度社会に出て、自分が探す焼き鳥を見つけようと考える。休日を使い、100軒近い店を食べ歩いた。

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用途に合わせて使い分けられるタレにも、いつしか薫香が移り、焼き鳥の大切な要素となっていく。

そんな中出会ったのが、後の修行先となる中目黒の鳥よしだった。扉を開けた途端、そこには衝撃のシーンが繰り広げられていた。

「僕が知ってる下町の焼き鳥屋さんは、煙モクモクで、男性しかいない場所でした。ビールケースに座って咥えタバコで、それこそタバコの煙なのか、焼き鳥の煙なのか分からない。でも、食べ歩いてる中で、焼き鳥って一つの料理としても喜ばれるんじゃないかと感じ始めました。だったら、そこに空間価値というか、皆さんに喜んで貰える場を用意しなきゃならない。

鳥よしは、扉を開けた瞬間、お寿司屋さんのような凛として清冽な空気が流れていました。お客さんたちも、デートとか、日頃から大切ににしている方とワインを飲みながら食事している。そんなシーンを見たことがなかったから、すぐに門を叩きました」

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中に向かう程、きっちりと厚くツチノコ状に打たれる鳥しきならではの串打ちは理想的な火入れを計算し尽くした形状。

鳥よしで学んだものは、炭の組み方や鶏の焼き方ばかりでなく、飲食店の原点である居心地の良さだった。楽し過ぎて、いつか時の流れを忘れてしまう。それが素晴らしい店の共通点に違いない。やがて独立した池川さんの鳥しきは、日本を代表する名店となり、「鳥しき以降」という言葉も生まれる。

「僕自身というより、時期的になるべくしてなったというか、タイミングでそういう役割を担ってる。この業界で言うと、僕はちょうど中間管理職だと思ってるんです。僕らの先輩たちが作った、上質な焼き鳥っていう文化と、これから先の焼き鳥に向けて、僕は繋ぎ役という風に思っています。昔は女性の方は行きづらかったりとか、ワインとかを飲むとかいうよりも、それこそ安い合成酒を飲んでるようなイメージ一択でした」

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DSC_0052.JPG外側はパリッとしていながら、中の旨味やおいしい脂は決して逃さずに閉じ込める。池川さんならではの炎の美学の成せる技だ。

「今では色んな使い方とかシーンによって、選べる焼鳥屋さんが増えたというのはとてもいいことだと思います。ただ、ど真ん中というか、オーセンティックで正統的な焼き鳥を誰かが持ち越さないと軸がぶれてくると思うんで、そこが僕の立ち位置だと思っています。

日本の食文化としての焼鳥の主流を守る役割として、ある意味、使命感みたいなものを感じています。僕も焼鳥で幸せになれてるんで、焼鳥とお客さんに恩返しできたらなという思いでいつも仕事をしています」

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炭火とタレ、塩の三役が繰り広げる池川劇場は多くの人たちの垂涎の的となり、日本一予約が取れない焼き鳥店となった。

フランス帰りで、フランス人の妻を持つ修行先の師匠は、焼き鳥に合わせてローゼのワインを出していた。池川さんがジョージアワインに辿り着いたの何だったのだろうか。

「焼き鳥はただ焼くだけだとパサパサして、BBQ みたいになってしまう。そこで旨味をどう閉じ込めるかと考えた時に、今の強火の近火に辿り着きました。肉をぎっちり詰めて串打ちし、炭火の極力近くで焼く、それで表面を閉じ込めながら、中の旨味を逃さないという焼き方です。

香ばしさの中にちゃんと旨味が残っている焼き鳥、その感じはジョージアのアンバーワインに合うと思いました。鶏の持っている脂の旨味と、アンバーの感じが、お互いの魅力を高め合う」

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L1640003.jpg塩の振り方、塩の決め方一つで焼き上がりに大きな差が生まれる塩味の焼き鳥。一番の魅力である脂の味をアンバーワインが引き立てる。

近年、日本でも人気が高いオレンジワインはイタリアのフリウリ地方で著名になったが、それ以前にジョージアで自己発生的に造られていたことから、今ではその製法がユネスコの無形文化遺産にも登録されている。

その特徴は果汁と果皮と種を長期浸漬するため、白葡萄ワイン品種でありながら程よいタンニンと渋み感、独特の旨味、そして豊富な有機酸を持つこと。程よい渋みとタンニンは脂をカットし、独特な旨みと脂質、熟成香と 香ばしい焼き鳥の香りが共鳴する。

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禁酒令がしかれた頃も客足は途絶えなかったが、焼き鳥の本数はみんな減ってしまったという。焼き鳥と酒は、切っても切れないパートナーだ。

レバーには赤、一般的にそう考えてしまうが、池川さんは以前から疑問を感じていた。

「意外と白の方が、赤よりはむしろ白の方が合いますね。ジビエ系のもの、ウチだと鴨とかなら赤でも行けるかなとは思うんですけど。レバーのタレとかは白というか、ジョージアのアンバーが凄く合います。あと塩の焼き鳥とのバランスもぴったりでした。

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L1640253.jpgストップ制の鳥しきでは、食べた串の数だけカラーチップが重ねられていく。お腹いっぱいだと思っていても、〆の親子丼まで食べてしまう人がほとんど。

鳥しきの焼き鳥はストップ制だ、客が声をかけるまで至福の時間がノンストップで続く。

「かしわっていうもも肉、それから、かっぱという薬研軟骨ですね。そして、ハツ。それぞれのテーマがあって、内臓にも凄くアンバーが合ったんで、内臓のタレと塩。あと脂がすごく旨味があるんで、分かりやすい手羽先や皮も用意します。

これは首の皮で、鳥って歯がないんで、嘴で餌を摂るんです。だから首の部分にすごい動きがあって筋肉がつく。皮が嫌いな方ってグニュグニュ感が嫌だと思うけど、これは噛めば噛むほど旨味が出てきて鳥本来の甘みを感じて貰えます。それをイメージしながら食べてみてください」

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置いた串を絶えず回し、位置を変えながら香ばしい炭の香りを纏わせていく。旨味が溢れジューシーなのに軽い。鳥しきだけの焼き鳥マジック。
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内臓のタレには、土中に埋められた素焼きの甕(クヴェヴリ)で熟成されるアンバーワインのある種の土臭さが絶妙なハーモニーを生み出す。

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SNS発信でも有名なジョージア大使は、早稲田大学卒業で日本語堪能。そのフットワークの軽さでジョージアの魅力を伝え続けている。

11月某日、鳥しきとジョージアワインの幸福な出会いを記念した夜が設けられ、そこには駐日ジョージア大使であるティムラズレジャバ氏も駆け付けてくれた。

「どこからか学んだんじゃなくて、自然にそのままワインができたのがジョージアなんだと思います。だから、本物の、ワイン本来の味わいがあります。何よりも大切なことは、楽しく時を過ごすためにジョージアのワインが生まれたということ。だから今日は、いい思い出を作って欲しい。そして、そのいい思い出こそがジョージアワインそのものなんです。今日はよろしくお願いします。

ガウマルジョス!ジョージア語の「乾杯」です」

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今回のペアリングに登場したムカドワインは、これからアンバー(オレンジ)ワインに入門する人にも最適な幅広いアイテムが揃う。

ヨーロッパとアジアの交差点、その地理的優位ゆえに様々な運命に翻弄されてきた国、ジョージア。 その中で、逆境に立ち向かいながら紀元前 6000 年から続くクヴェヴリ製法を守ってきたジョージアの人々。

変化に富んだ自然の中で慎ましく暮らし、精魂と情熱を込めてワインを育て、スプラ ( 宴会 ) を繰り返し、美しいポリフォニー ( 多声合唱 ) で互いをリスペクトし合う彼ら。家族、 友人、遠来の客人をもてなすために家族総出でワインを造る彼らの姿に、ふと炭火の前で華麗に 団扇を振る池川さんが重なった。

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焼き鳥界の先端に立ちながら、いつもオーソドックスでど真ん中な正統を守り続ける池川氏の焼き鳥はいつも人を笑顔で包む。

「はじめ人間ギャートルズ」の肉はなんだったんだろう、巨大なマンモスだろうか。彼らが喜々溢れた表情でかぶりついているのは、火で焼いただけの大きな肉のポーション。それは当時アニメに夢中になった子どもたちの憧れの食べ物だった。 思えば、焼き鳥を思い切り頬張る時に感じる多幸感は、原始の時代から我々人間たちが感じ続けてきたものかもしれない。

このパンデミックの中で僕らが感じたものは、喜びや幸せという正の感情の大切さだ。コロナ禍、 ウクライナの殺戮、TV を点けると目を塞ぎたくなる画面ばかりが流れてくる。でも、僕らは悲しみに負けてはならない。

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焼鳥屋というより割烹の入り口を思わせる鳥しきのエントランス、これからも多くの弟子たちが巣立っていくに違いない。

そのきっかけは愛かもしれない、歌かもしれない、路傍に咲いた花かもしれない。その中の1つに、 僕は飲食を加えたいと思う。本来、レストランという名称は、 気力、体力を回復させるという意味のフランス語の動詞 restaurer から生まれた言葉だ。

焼き鳥とジョージアワイン、それは共に太古から人を勇気づけ、笑顔にするために継続されてきた飲食の最も幸福な時間の証だ。コロナ禍の中、人の暮らしは大きく変わっていくのかもしれない。 ウチ時間も、イエ飲みも大切なことかもしれない。でも、飲食とは、ただ飲んだり、食べたりするだけではない。そこに出かけなければ得られない何か、そこでしか手に入らない心の温もりみたいなものを僕らは忘れてはいけないと思う。

大切なことを教えてくれた鳥しきとジョージアワインの出会いに「ガウマルジョス!」

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『鳥しき』

東京都品川区上大崎2-14-12 

【写真】

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今では多くの弟子たちが育ち、鳥しき一門のトップに立つ池川さん。その姿勢と矜持は、職人というより武道の達人を思わせる。

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その独特の琥珀色からアンバーワインと呼ばれるジョージアのワインは、イギリスのインポーターが後に名付けたオレンジワインの源流となった。

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金槌で炭を叩きながら、常に一定の温度を保つために炭を詰めていく。鳥しきの焼き鳥は、火のエネルギーそのものだ。

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用途に合わせて使い分けられるタレにも、いつしか薫香が移り、焼き鳥の大切な要素となっていく。

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中に向かう程、きっちりと厚くツチノコ状に打たれる鳥しきならではの串打ちは理想的な火入れを計算し尽くした形状。

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DSC_0052.JPG外側はパリッとしていながら、中の旨味やおいしい脂は決して逃さずに閉じ込める。池川さんならではの炎の美学の成せる技だ。

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炭火とタレ、塩の三役が繰り広げる池川劇場は多くの人たちの垂涎の的となり、日本一予約が取れない焼き鳥店となった。

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L1640003.jpg塩の振り方、塩の決め方一つで焼き上がりに大きな差が生まれる塩味の焼き鳥。一番の魅力である脂の味をアンバーワインが引き立てる。

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禁酒令がしかれた頃も客足は途絶えなかったが、焼き鳥の本数はみんな減ってしまったという。焼き鳥と酒は、切っても切れないパートナーだ。

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L1640253.jpgストップ制の鳥しきでは、食べた串の数だけカラーチップが重ねられていく。お腹いっぱいだと思っていても、〆の親子丼まで食べてしまう人がほとんど。

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置いた串を絶えず回し、位置を変えながら香ばしい炭の香りを纏わせていく。旨味が溢れジューシーなのに軽い。鳥しきだけの焼き鳥マジック。
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内臓のタレには、土中に埋められた素焼きの甕(クヴェヴリ)で熟成されるアンバーワインのある種の土臭さが絶妙なハーモニーを生み出す。

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SNS発信でも有名なジョージア大使は、早稲田大学卒業で日本語堪能。そのフットワークの軽さでジョージアの魅力を伝え続けている。

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今回のペアリングに登場したムカドワインは、これからアンバー(オレンジ)ワインに入門する人にも最適な幅広いアイテムが揃う。

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焼き鳥界の先端に立ちながら、いつもオーソドックスでど真ん中な正統を守り続ける池川氏の焼き鳥はいつも人を笑顔で包む。

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焼鳥屋というより割烹の入り口を思わせる鳥しきのエントランス、これからも多くの弟子たちが巣立っていくに違いない。

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森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。