【小山薫堂の湯道百選】第七五回“湯は、人生に向き合う装置となる。”

  • 写真:アレックス・ムートン
  • 文:小山薫堂
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〈長野県須坂〉
仙仁温泉 岩の湯

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1万坪の敷地にわずか18室。温泉好きの間で日本一予約が取りにくいと称される名宿も1959年創業時は、山のなかの寂れた一軒宿だった。二代目として両親から経営を引き継いだ金井辰巳さんは、時代が平成に変わると同時に思い切った改革に乗り出す。カラオケや麻雀施設などの中途半端な娯楽設備を撤去し、宿のテーマを「人生の宿」に絞った。宿泊する家族が、人生を語り合いながら一緒に浸かる風呂をつくる。幸いにも創業時から、全長12mと30mの2本の洞窟風呂が掘られていた。それを整備し、湯浴み着を羽織って入浴できる混浴風呂にした。

この風呂が抜群に心地よいのだ。源泉の湯温は34.5℃。低めで肌に優しいアルカリ性単純泉だから、いつまでも入っていられる。絶え間なく流れ出る湯量は毎分500ℓ。これだけ大量の湯が流れ込むせいか、不思議なほどに風呂は澄んでいる。底に敷き詰められた玉砂利を手ですくい上げても湯垢は見えず、サラサラしていて気持ちがいい。湯に身体を浮かせ、川をさかのぼるように洞窟の奥へ進む。薄暗い空間に響き渡る湯の音が、心の垢を砕くのがわかる。金婚式を迎えた老夫婦がここで後の人生を語り合う……金井社長はそう定義してこの洞窟風呂を設計したという。

ひとりで浸かるのも悪くない。身体がちょうど収まる窪みを見つけ、目を閉じて瞑想入浴すれば、自分の生きる時間が少し急ぎ過ぎているように思えてきた。ここは己の人生に向き合う最良の場所かもしれない。

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JR長野駅からクルマで約30分。山の中に佇む一軒宿。親子三代で楽しんでもらえる宿を目指し、焚き火や散歩など、裏山も活用するアクティビティを提案する。

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湯は、武田信玄、上杉謙信の隠し湯。大洞窟風呂「仙人の湯(混浴)」の他、貸切露天風呂3つ、家族風呂もある。毎月1日に11カ月後の予約が可能となる。

仙仁温泉 岩の湯

住所:長野県須坂市仁礼3159
TEL:026-245-2453
料金¥30,900~(1泊2食付き)
※ひとりでの宿泊は不可

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※この記事はPen 2022年1月号より再編集した記事です。