<これまで判明していたものよりも地球から3分の1の距離にあり、太陽に似た星を随伴している......>
ガイアBH1と呼ばれる、地球に最も近いブラックホールが発見された。地球から見て黄道上のへびつかい座の方向に位置し、太陽の10倍の質量を持つ。
実際の位置は1600光年先となっており、天文学的スケールからすると非常に近いと考えられる距離感だ。このブラックホールは、ジェミニ国際天文台の天文学者たちによって発見された。同天文台は、ハワイのマウナ・ケア山とチリのパチョン山に2基の観測拠点を構える。
天文台を運用する米NSF国立光赤外線天文学研究所は「私たちの宇宙のすぐ裏庭」にあると述べ、太陽系との距離的な近さを強調している。
これまでに発見されていたブラックホールのうち最も地球に近いものは、いっかくじゅう座X-1と呼ばれる3連星を構成する天体のうちのひとつだった。これと比較し、新たに発見されたガイアBH1と地球との距離は3分の1ほどとなっている。
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困難だった休眠型ブラックホールの検出
ガイアBH1はブラックホールだが、いわゆる「休眠状態」にある。したがって地球はもちろん、ほかの近傍天体を呑み込むことはない。米テクノロジーサイトのCNETは本ブラックホールの発見を報じるなかで、「でも心配しないで。休眠中なので、私たちを食べることはありません」と強調している。
休眠状態にあるブラックホールだからこそ、ジェミニ国際天文台の天文学者たちは検出に苦労したようだ。これまで発見されたブラックホールはその大多数が「活動型」と呼ばれるものであり、近くにある天体や星間ガスを継続的に呑み込んでいる。ブラックホール自体は漆黒だが、こうして引き寄せられた天体が極度に圧縮され、摩擦を生むことでエネルギーを放出し、電磁波による観測において輝いて見える。
しかしBH1は休眠型であるため、手がかりが限られる。エル=バドリー博士たちはBH1の周囲を周回する天体の運動を精密に観測することで、その軌道のほぼ中心部にあるBH1の存在を突き詰めた。
BH1の周囲には、太陽のような恒星が周回している。その間隔はちょうど地球と太陽ほどの距離だ。この恒星の速度と公転周期を緻密に追跡することで、観測が難しい休眠型ブラックホールを発見することができたという。博士は「この連星系の動きを説明するシナリオにおいて、少なくとも1つのブラックホールを伴わないものは見つかりませんでした」と説明している。
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4年間の研究が実を結ぶ
これまで博士たちチームは、4年間をかけて膨大なデータを分析し、同様の手法で休眠型ブラックホールの検出に挑んできた。ブラックホールと思しき天体を検出したことは数度あったが、いずれも詳細な調査により誤りだと判明している。
発見を論文にまとめたハーバード・スミソニアン天体物理学センターのカリーム・エル=バドリー博士は、「このような連星系を発見したとの報告は多数ありましたが、多くはその後の調査によって誤りだと判明しています」と説明している。
今回は長年の調査が身を結んだ初の例となるようだ。「私たちの銀河において太陽のような星が(代表的なブラックホールの形態である)恒星質量ブラックホールを広い軌道で周回しているのが疑いの余地なく検出されたのは、今回が初の事例となります」と博士は胸を張る。
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既存の天体進化モデルに疑問を投げかける
今回の研究によって、天体の進化に関する新たな理論構築が促進されるかもしれない。科学ウェブサイトの「Phys.org」は、「ブラックホールは宇宙で最も極端な天体である」と述べたうえで、ブラックホールを含む連星系の進化を研究するうえで本研究が役立つとみる。
宇宙関係のニュースを扱う「Space.com」は、ブラックホールが進化の過程で他方の恒星を呑み込んでしまう可能性が大きかったと指摘している。記事はまた、「連星系の進化を説明する現在の天文学モデルでは、ガイアBH1系の特異な構成がどう成立したかを説明するのに無理を生じている」とし、新たな理論構築のヒントになるとの期待を示している。
NSF天文学研究所の推計によると私たちの地球がある天の川銀河には、恒星質量ブラックホールだけで約1億個が存在するという。だが、これまで発見されたブラックホールの多くは活動型だ。
今回の発見は地球に最も近いという点で新奇性があるだけでなく、休眠型ブラックホールの発見に至ったという意味でも貴重な研究となっているようだ。
青葉やまと
フリーライター・翻訳者。都内大手メーカー系システム会社での勤務を経て、2010年に文筆業に転身。文化・テクノロジー分野を中心に、複数のメディアで執筆中。本業の傍ら海外で開かれるカンファレンスの運営にも携わっている。
※この記事はNewsweek 日本版からの転載です。