2022年の最注目盤がリリース! 旬のサックス奏者、松丸契が言葉に込めた思いとは

  • 文:中安亜都子
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●松丸契(まつまる・けい)1995年生まれ。幼少の頃、家族と共にパプアニューギニアに移住。ほとんど独学でサックスを習得。2014年、米国の名門音楽大学ボストンのバークリーに入学。2018年卒業後、日本に帰国し本格的に音楽家としての活動を開始。自身のソロ作としてこれまで2作をリリースしている。撮影:廣田達也

気鋭のサックス奏者、松丸契の新作『The Moon, Its Recollections Abstracted』がリリースされた。前作『Nothing Unspoken Under the Sun』で、音楽界に彗星のごとく登場したことは記憶に新しい。

2年のインターバルを経て登場した新作のレコーディング・メンバーは前作同様、石若駿(Ds.)、石井彰(P)、金澤英明(B)の他、今回は石橋英子(ヴォーカル、フルート、エレクトロニククス)がゲスト参加している。

ジャズの伝統的な話法を断ち切ったアグレッシヴな音楽表現や、綿密に練られた全体の楽曲構成を、繊細で力強い演奏で柔軟に推進した本作は、早くも2022年のベスト作と言いたいくらいの出来である。

楽器奏者だが、インスピレーションの源は意外にも言葉にあるようだ。今回、歌を入れたのも、言葉へのこだわりがあったからだと語る。

「僕が書いたメロディに歌詞を載せて歌ってもらうというアイデアは元々からありました。前作はタイトルなど言葉から音楽をつくりましたが、新作は逆にメロディからイメージされる言葉について考えていたので、絶対ボーカルを入れたいと思っていました」

彼の言葉へのこだわりは作品のタイトルでも同様だ。新作のタイトル『The Moon, Its Recollections Abstracted』はダブルミーニングな意味も含まれ、受け取る側としてはかなり難しい言葉である。しかし言葉の難解さや曖昧さは、あらかじめ意図したことであり、それは彼の音楽作品そのものをつくることにも重なるようである。

「そもそも作品をつくることにおいて答えがわかりやすい、意味がすぐにわかってしまうと面白くない。その作品だけで完結して、先につながらないと思うんですよ。完結するようなもの、考えなくても聞き流されるようなものは、想像力が刺激されない。聞く人にとって、それ以上のなにかにつながるような作品をいつもつくりたいですね」

前作のリリース以降の活躍は目覚ましい。ギタリストで劇伴を数多く手がけている大友良英(「あまちゃん」等々)や、今回レコーディングに参加したシンガー・ソングライターで映画音楽作曲家の石橋英子(映画「ドライブ・マイ・カー」の音楽を担当)の他、ラッパーやトラックメーカーなど、数多くの音楽家と共演するなど多彩に活動してきた。

以前インタビューで「好きなジャズ音楽家は?と訊いたら「それは無茶苦茶難しい質問」と言う答えが返ってきた。今回改めて訊くと「特に誰がというわけではない。尊敬する音楽家は周りにたくさんいるので」と語る。

たとえばジョン・コルトレーンなど多くの人は答えますが、とさらに言葉を向けると、

「もちろん、コルトレーンは好きですけど、実際に会ったことはない(笑)」

どうやらそれは彼の音楽のポイントなのだろう。

「ポイントだと思います。実際に生きていた人物ですが、行き過ぎるとファンタジーになっちゃうんで。ファンタジーなものはそれはそれでいいですけど、実際に存在していた人をファンタジーとして捉えることは危険でもあるので」

過去の偉人を敬い、そこに留まるのではなく、現在のリアリティを実感する。それが彼の音楽のモチベーションになっているようだ。

「ジャズミュージシャン以外の音楽家の方が感覚的に共有出来ることが多いこともあります。
そもそも僕は自分をジャズ・ミュージシャンだと思っていないし、ジャズでなにかを表現したいとは思っていない」

「ジャズ・ミュージシャンだと思っていない」と語る言葉からは、彼の気負いや意気込みが感じられる。この秋は、ライヴで度々共演しているヒップホップ・グループのDos Monosと、デンマーク、オランダ、U.K.を周るヨーロッパ・ツアーを果たした。

近年、国内外でも新しいセンスのジャズ音楽家の台頭が目覚ましい中、彼の存在はより際立って来そうだ。

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『The Moon,Its Recollections Abstracted』 松丸契 SCOL1065 ディスクユニオン ¥3,000