2022年、創業60周年を迎えたオーディオテクニカが新たに発信した企業メッセージ「もっと、アナログになっていく。」
アナログの魅力を伝えるコンテンツを展開するなかの目玉企画として、11月4日〜6日に「Analog Market(アナログ・マーケット)」と題するイベントが開催された。会場はファーマーズマーケット(国連大学前広場)、BA-TSU ART GALLERY、STUMP BASEの3カ所で、多彩なクリエイターによる40近くのブースが展開。アナログな音に触れられるのはもちろんのこと、音楽以外のアナログなカルチャーやモノに触れられる機会を提供するイベントに、多くの来場者を集めた。
まずはメイン会場となったファーマーズマーケット(国連大学前広場)からレポートする。
---fadeinPager---
アナログなものを新たな発想で活用する
国連大学建物内のアナログ蚤の市では、カセットテープDJ・大江戸テクニカのブースを訪れた。美術大学の学生時代にゴミ捨て場に大量のラジカセが捨てられている様子を見た大江戸テクニカは、それを直してトラッシュアートのような感覚で作品化できないかと考えた。ヒップホップのミックステープ文化にインスパイアされ、ただ修理するだけではなく、ボタンを押してテープの回転軸がフリーになるように改造。手で直接リールを回すことでDJプレイができる装置を開発した。アナログの魅力を聞くと、次のような答えが返ってきた。
「人が手で触れられる身体的な部分に面白さがあると思っています。デジタルのストリーミングなどでは、再生を押したら自動的に音楽が流れ続けるけど、カセットの場合はテープが終わったらひっくり返したり、好きな曲を聴くために早送りをしたり、ひと手間が必要ですよね。そこに温かみがあるというか、不便だからこそ身体的な記憶につながると思っています」
次に向かったブースは、循環ワークス。ブース手前の位置にポータブルのレコードプレーヤーが置かれているが、奥には食べ物や古道具などが並んでおり、一見するとなにを取り扱っているのかがわかりにくい。拠点は静岡県沼津市。古くなった鯖節工場を買い取り、リノベーションして空間づくりをした。「人間優先の生活ではなく、環境に負荷を与えないで生きていくためになにができるかを考え、発信するコミュニティスペースのような場所です」と、代表の山本広気は話す。
「沼津市のスペースでは、捨てられていたバッテリーと太陽光パネルを用いて電気を自給しています。太陽が出なくて電気が無くなったら、古い天ぷら油を発電機に入れて発電したり、あるもので暮らすことを実践しています。ここに持ってきたものも骨董などではありません。取り壊す予定の家に行っていらないものをもらってきて、それを綺麗にして安く売るんですが、通常だと、解体で出る廃材や不用品はお金を払って引き取ってもらう必要があります。だったら、使えるものを僕らが無料で引き取ればゴミも出ないし、処分代もかからない。それをなるべく安く売るので、無駄に新しいものを買わずに誰かに使ってもらえるわけです。どうやったら環境に負荷を与えることなく、家族が幸せに生きていけるかという考えがいちばん上にあるので、それに沿った生き方が自然と僕なりのアナログの発信になっています」
似顔絵自動販売機「THE MACHINE」という似顔絵描きのブースも異彩を放っている。靴磨き職人でイラストレーターでもある明石優が8年前に始め、音楽イベントや湘南のマルシェなどに呼ばれて参加しているプロジェクトだ。ダンボール製の自動販売機からお金を投入し、会話をしながら5分ほどで似顔絵を完成させる。「これがつくりたかったのであって、似顔絵はオマケみたいなものなんですよ」と、似顔絵自動販売機を指し示して笑う。
「アナログのよさは、壊れていったり劣化していくことだと思うんですよ。永遠じゃない感じが好きで。この自動販売機は8年前につくって、まだ使えているから丈夫だと思いませんか? 壊れるものだとわかっているから、大事に使って長持ちするんだと思うんです」
---fadeinPager---
「音楽仕込み」で製造するオリジナル焼酎
オーディオテクニカの創業60周年を記念して、鹿児島県の田苑酒造が「ANALOG SPIRITS」の名でオリジナルの本格芋焼酎を製造した。工場に音楽を流すことで、酵母の働きが活発化することを知り、発酵中の焼酎にクラシック音楽を聴かせる音楽仕込みという製法を1990年から続けてきた同社。今回は企画に賛同した国内アーティスト、海外アーティスト陣の楽曲が用意され、その音に合わせて原酒の設定とブレンドに際する酒質の設計を行った。田苑酒造の鹿児島工場製造課の松下英俊課長は次のように話す。
「昔ながらの伝統、文化に対する技術という意味では、アナログが基本にあると思っています。弊社でも手づくりの部分を大事にしていますし、焼酎は麹づくりから始めますが、目で見て、手で触れ、肌で感じることでいいものができたことを感じられますし、異変に気づくこともできます。そうした気づきに関してはアナログが大事だと思っており、今回のイベントにはとても共感しています」
二本足で立つ生き物のような自作スピーカー
青山通り側のAnalog Market入り口部分に展開するのが、建築集団「SAMPO Inc.」が運営する「ろじ屋」のブースだ。三軒茶屋の奥深くに佇む「衣食音住美」複合店舗文化住宅を名乗り、古民家とトラックで運べるモバイルハウスをドッキングさせた「ろじ屋」。中心人物のひとりで、指輪作家でもある塩浦一彗(Cometa Ring/SAMPO Inc.)は、デザインした指輪や古着を販売するブースを展開する。
「自然物もそうだし、デジタルの0か1では測れない無限の解像度が自然には存在しています。デジタルはツールでしかなくて、世界はアナログです。動物としての本能みたいなものはアナログだと思うんですよ」
塩浦が指輪を展示販売するブースの隣に位置するのが、SAMPO Inc.のモバイルハウス。SAMPO Inc.のCEOであるMURAKAMI RIKUがもうひとつのブランド「S.T. WORKS from Rojiya」のブースとして、自作の二本足で立つ音響生命体(スピーカー)「LEAK」の展示販売を行う。
「SAMPO Inc.の仕事でモバイルハウスをつくるときに音楽を流して作業するんですが、スピーカーを自作したら、素材やサイズを変えるとどんな音楽が合うのか試すのが楽しすぎて、これはスピーカーづくりもやるしかないと思いました。ブリキでつくるとレトロなラジオみたいな音が出たり、和紙を張って漆でコーティングした伝統工芸バージョンだと高い音が響いたり、本当に変わるんですよ。それと、スケルトンのものはアクリル製なのですが、テーマを決めて中になにかを入れてジオラマをつくると水槽をのぞく感覚が味わえて、音の箱庭のようなイメージを楽しめます」とMURAKAMIは話す。
ファーマーズマーケットにオーガニックな食材を求める来場者たちも、音響製品に限らない「アナログ」なコンテンツの数々を楽しんでいるようで、イベントとしての相性のよさを実感させる光景を会場のいたるところで目にすることができた。
---fadeinPager---
音と空間によるインスタレーション体験
骨董通りを六本木方面に進み、裏手に入ったところに位置するSTUMP BASE。アナログなクリエイターたちによる“畳と箪笥”サウンド&アートインスタレーションを楽しめる空間だ。アナログ・シンセサイザーの名機である「ROLAND System 100M」を駆使したGalcid + Hisashi Saitoのサウンドが、天然い草を使用した畳が音に反応して鼓動する「TTM-V20」に鳴り響き、奥の壁面には音を視覚化したColo Müllerの映像が投影。循環ワークスが提供した箪笥がサウンドシステムと化し、会期中は株式会社無茶苦茶のキュレーションによるアナログなお茶会が実施。プロデュースはepigram inc.が担当した。
オーディオテクニカの歴史と世界観を味わう
最後に向かった会場が、BA-TSU ART GALLERY。オーディオテクニカの歴史を振り返ると同時に、60周年記念モデルを一挙に展示し、ハイエンドリスニング体験が提供されたのがこの空間だ。
「もっと、アナログになっていく。」を音響に限らず五感を通して訴えるという「Analog Market」の試み。出展者とのコミュニケーションもアナログの実践であり、来場者の創造性を刺激しながら、日常生活をどう営むかという部分にまで意識を向けさせる充実したプログラム内容だった。アナログがもたらす豊かさについて、来場者達の多くが気づきを得たはずだ。
問い合わせ先/オーディオテクニカ