あの貞子が「デジタル・トランスフォーメーション」(以下、DX)して、スクリーンに帰ってきた。
貞子といえば、映画『リング』(1998年)でテレビから這い出し、「呪いのビデオ」を見た人を死に至らせるキャラクターとして一躍有名になった怨霊。2019年にはニューズウィーク日本版「世界が尊敬する日本人100」に大坂なおみやイチロー、草間彌生などと並んで選出。今年に入っても、ユーチューバーとしてのデビュー、サバイバルホラーゲーム『Dead by Daylight』とのコラボなど、大活躍中だ。
『リング』シリーズは一作目のヒット以降、多くの続編が作られた。近年は「3D」になったり、『呪怨』シリーズの伽椰子とバトルするなど、奔放な活躍を見せてきた。しかし、シリーズ化されると、設定に多少無理が出てくるのはシリーズものの宿命だ。「呪いのビデオ」という設定も、VHSが退潮すると難しくなっていた。かといって、You Tubeで呪いが拡散されるという設定も過去作ですでに試みられている。
では、何がDXなのだろうか?
DXとは近年、ビジネス界でよく用いられる用語。「デジタル技術をより普及させ、人々の生活をよりよくする」という意味だ。
一応、本作では「SNSの普及が貞子の呪いを拡散させる」という設定になっており、観賞前はDXはその程度の意味なのだと思っていた。
しかし、見てみると全然違った。
近年の国内外のホラー映画の良いところをギュッと凝縮して、コロナ禍の世相を盛り込み、さらに貞子がアクセントを加えるという意味での「DX」だったのだ!
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主人公は、IQ200の天才⼤学院⽣・⼀条⽂華(⼩芝⾵花)。「呪いのビデオ」を⾒た⼈が24時間後に突然死するという事件が全国で発⽣。テレビで共演した霊媒師のKenshin(池内博之)から事件の解明を挑まれる。「呪いなんてあり得ない」と断⾔する⽂華だが、興味本位でビデオを⾒た妹からの電話がかかってくる。「お姉ちゃん助けて。あれからずっと⽩い服の⼈につけられてて…」
⽂華は「すべては科学的に説明できる」と、⾃称占い師の前⽥王司(川村壱⾺)、謎の協⼒者・感電ロイド(⿊⽻⿇璃央)とともに、「呪いの⽅程式」を解明すべく奔⾛する。
まず、「呪いのビデオ」の設定に改変がある。初期のシリーズでは「呪いのビデオを見た一週間後に死ぬ」という設定だったが、本作では「24時間後に死ぬ」と変わっている。さらに、劇中ではタイムリミットが画面上に表示され、「貞子の謎が解けなければ即死する」というタイムサスペンス映画になっている。
さらに、貞子が呪い殺す前に、知人の顔をした怨霊が後ろをついてくる設定が加わっている。これは明らかに、アメリカでヒットしたホラー映画『イット・フォローズ』(デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督、2016年)から影響を受けているだろう。クエンティン・タランティーノ監督も「とにかく恐い!こんな設定のホラーは観たことがない!」と太鼓判を押した青春ホラー映画の傑作である。「呪い」が描かれ、日本のホラー映画からの影響も色濃かった作品だ。それが今回、『貞子DX』に影響を与えているというのは、日米のホラー映画の関係性を考える上でも面白い。
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本作の貞子は、「呪いのビデオ」を媒介にビデオを見た者を呪い殺すリング・ウイルスを拡散する怨霊として登場する。これも明らかに、新型コロナウイルスの感染拡大を経験した後の時代の映画として作られている。今後の映画製作では、「コロナ禍以後の世界をどう描くか」というのは一つの重要なテーマになってくると思う。本作はその問いに貞子の呪いを織り交ぜ、明快な答えを出しているという点で特筆すべきだろう。
しかも、クライマックスで主人公が見出す回答は驚くべきことに、「コロナ禍を経験した社会で、人々はどのように生きていくべきか」という問いへの答えにもなっている。本作は娯楽要素の多いホラー映画だが、意外と社会派なのだ。
さらに、その回答は映画ファンにとっても嬉しいものになっている。ここでは詳細は伏せるが、ヒントだけ。あの展開は、エドガー・ライト監督のゾンビ映画『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004年)にヒントを得ている、と筆者は考える。
貞子への愛がふんだんに詰まった今回の『貞子DX』。ぜひ劇場でご覧いただきたい。
『貞子DX』
監督/木村ひさし
出演/小芝風花、川村壱馬、黒羽麻璃央ほか 2022年 日本映画
99分 10月28日より全国公開中。
https://movies.kadokawa.co.jp/sadako-movie/