薄型が高級時計の指標のひとつとなり、いまや多くのブランドがその薄さを競い研究開発を重ねる。目指すは「世界最薄」の栄光。その頂点に立つものにしか見えない、深遠なる時の世界とは。
Piaget (ピアジェ)
ジュエラーの美学が息づく、薄型のパイオニア
手に取ればコインほどの薄さにもかかわらず、複雑な輪列やゼンマイを凝縮する。しかも強度や耐久性はもちろん、精度や持続時間といった時計としての実用性も備えなければいけない。実現には、専用のムーブメントやケースの開発から組立などあらゆる技術の高次元での統合が求められる。つまり薄型時計とは、複雑機構と並ぶ時計製造における技術ノウハウの結晶であり、マニュファクチュールの証しなのだ。だからこそ多くのブランドがこれに挑戦する。
現在の薄型時計の嚆矢となったのがピアジェだ。1957年に発表したブランド初の薄型手巻き式キャリバー「9P」は、わずか2㎜の薄さと堅牢性を誇り、高い評価を得た。そして3年後には初の薄型自動巻き式キャリバーの「12P」を開発。マイクロローターの搭載によって厚みも2.3㎜に抑え、当時の世界最薄を記録した。このふたつの傑作により、薄型はピアジェのDNAとなり、その名を世界に知らしめたのである。
薄型時計がもたらしたのは、独創的な技術への称賛だけでなく、ハイジュエラーへの扉でもあった。特にジュエリーウォッチは、機構を薄くした分、デザインの自由度と創作性が増し、必然的に装飾技法が向上した。70年代にクオーツ時計の台頭によって機械式時計が壊滅的状況になった中でもピアジェが存続できたのは、こうしたジュエリーウォッチがあったからに他ならない。マニュファクチュールとハイジュエラーという両輪の原動力が薄型だったのだ。
90年代には9Pの後継になる手巻き式「430P」を発表し、薄型時計の開発に再び拍車がかかる。12Pの50周年には自動巻き式「1200P」を開発し、ピアジェの薄型技術はいよいよ次世代へ。
エポックメイキングだったのが、ブランド創業140周年を迎えた2014年に登場した手巻き式「900P」だ。従来の常識を覆し、ムーブメントとケースを一体化し、ケースバックが地板を兼ねる革新的な構造を採用。本来は裏側に設ける輪列や脱進機は前面に移され、時分針を備えたインダイヤルと共存する。ケース厚はわずか3.65㎜だ。
さらにその発展系として、ムーブメントの外周を回転するリング状のペリフェラルローターを採用した自動巻きの「910P」は、ケース厚を4.3㎜に抑える。そして最新作では、いよいよケース厚2㎜という未踏のレベルに突入した。ピアジェの薄型技術の系譜は、自らを超えんとする挑戦の歴史と同義なのである。
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最薄モデル:アルティプラノ アルティメート コンセプト
2018年にコンセプトモデルとして発表され、一昨年に市販化。一体型リューズや、0.12㎜の歯車、0.2㎜のサファイアクリスタルなど極薄を極め、2㎜の薄さを実現。
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Bvlgari (ブルガリ)
8年連続記録の裏にある、イタリア流の矜持
薄型時計の魅力は、見る者を驚嘆させる精緻な技術だけではない。腕に載せ、使ってこそ、その真価を堪能できるのだ。
腕にある存在すら忘れてしまうような軽快な着け心地は、まるで愛用する眼鏡を思わせ、自らの体温をほのかに伝えるほどの自然な一体感が味わえる。これも着けている本人だけが実感できるラグジュアリーであり、リラックスかつエフォートレスな充足感は一度経験すると手放せなくなるだろう。そんな薄型の魅力に着目したのがブルガリである。
ブルガリは2000年のダニエル・ロートとジェラルド・ジェンタの吸収を皮切りに、ケースとブレスレット、文字盤、パーツそれぞれの専門工房を傘下に収め、時計製造すべてのプロセスの垂直統合を目指した。10年をかけてこれを完了し、ついにウォッチメーカー宣言を掲げたのである。その記念すべき第一歩となったのが「オクト」であり、ブランド創業130周年を迎えた2014年、マニュファクチュールとしての存在感を強く打ち出したのが、薄さを極めた「オクト フィニッシモ」だ。
挑んだのは、現代における薄型時計の再定義といっていいだろう。単に薄さを追うのではなく、高振動による精度やロングパワーリザーブといったデイリーユースの実用性を備え、薄型を崩さない専用ブレスレットも開発した。そしてなによりも白眉といえるのが、極薄とは対極ともいえる複雑機構を両立したことだ。
それは、手巻きトゥールビヨン、ミニッツリピーター、自動巻き、自動巻きトゥールビヨン、クロノグラフGMT、スケルトンクロノグラフ、パーペチュアルカレンダー、そして王道の手巻きにわたり、まるでコンプリケーションのショーケースのようだ。いずれも世界最薄記録を樹立し、しかも8年連続という偉業を達成している。
だがそれも決して記録だけが目的ではない。アクティブに多様化するライフスタイルに応じた機能と、スリムフィットというスマートなイタリアンテイストを融合することで、従来はクラシックなドレスウォッチのイメージが強かった薄型時計に、独創のウォッチメイキングとコンテンポラリーな息吹をもたらしたのである。
シャツの袖にもすっきりと収まり、周囲にひけらかすことなく、現代を生きる男の腕をシックに彩る。それは洗練されたダンディズムに通じ、ブルガリの美学が伝わってくる。極薄が刻む時に、研ぎ澄まされたイタリアのエレガンスが漂うのだ。
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最薄モデル:オクト フィニッシモ ウルトラ
ケースをムーブメントと一体化した他、水平リューズを採用し、ケース厚1.8㎜を実現。時分ダイヤルと秒針、香箱にはNFT対応のQRコードを刻む。
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Citizen (シチズン)
薄型への挑戦が生んだ、光発電の新境地
正しい時を刻み続ける精度と永続的な駆動、纏った時の美しさ。こうした時計の本質的な価値に向き合った時、シチズンが導き出したひとつの答えが光発電「エコ・ドライブ」の薄型時計だった。
シチズンは1950年代から薄型技術に取り組み、3.65㎜厚のムーブメントを発表後、62年には中3針では当時最薄の2.75㎜を実現している。さらに78年には世界で初めて1㎜を切った極薄のクオーツを開発した。
こうした薄型への挑戦の伝統は、光発電における先駆けであり基幹技術であるエコ・ドライブにも受け継がれ、2002年に発表した「ステレット」は、ムーブメント厚1.91㎜、ケース厚4.25㎜を達成し、アナログ式光発電で世界最薄の記録を打ち立てたのである。そして光発電開発40周年を記念し、16年に発表したのが「エコ・ドライブ ワン」だ。
ムーブメント厚1㎜、ケース厚2.98㎜を誇り、この極薄を実現するため、ムーブメントのほぼすべてのパーツを新規に開発し、厚みを極限までそぎ落とした。構造やレイアウト、加工を見直すとともに、二次電池までも専用の薄型電池を電池メーカーと共同開発。結果0.87㎜の薄さに、長時間駆動に必要な容量を確保した。
もちろん開発設計の段階で目標とする数値をクリアできたとしても、それを組み立て、確実に動作させるには、これまで培ってきた熟練技術者の技能が不可欠であることはいうまでもない。そこには機械式からクオーツ、そしてエコ・ドライブへと途絶えることなく連綿と受け継がれてきた薄型技術の系譜が息づくのである。
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最薄モデル:エコ・ドライブ ワン AR5044-03E
ムーブメント厚1㎜、ケース厚2.98㎜を実現した初代モデルをベースに、ベゼルにはアルミナと炭化チタニウムの複合素材アルティックを採用する。ダークグレーがモダニティを演出する。世界限定1000本。
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Richard Mille (リシャール・ミル)
極薄の限界を超えた、フェラーリとの革新的コラボ
いまや時計のジャンルを超えて、ラグジュアリーのシンボルになったのがリシャール・ミルだ。このスーパーブランドが、これまでの力強い存在感あふれるスタイルから一転して、薄型時計を発表した。だがこれを恣意的な転向と見るのは間違いだ。なぜならそれは、フェラーリとのパートナーシップ締結を記念するコラボレーション第一弾なのだから。
フェラーリへのリスペクトがあるからこそ、従来のブランドイメージを覆す、薄型という斬新なスタイルを選んだのだろう。本気度は、1.75㎜という極薄ケースがなによりも雄弁に物語っている。しかもムーブメント厚に至ってはわずか1.18㎜しかない。100円硬貨程度の薄さに28ℊという超軽量、しかもそのうちの約17ℊはストラップが占めているのだ。
メタルのカードのようなケースには、上部中央に2枚のディスクを重ねた時分表示のインダイヤルと、その右に脱進機を配置し、それぞれをサファイアクリスタルの風防で覆う。左側の上下には、ゼンマイの巻き上げと時刻合わせを切り替えるファンクションセレクターと、リューズを備え、いずれも専用ワインダーで操作する。唯一の装飾としてクルマのエアインテークを思わせるラインと跳ね馬が刻まれ、さりげなくも雄弁に両者の絆をアピールする。
モデル名のUPは、フランス語の「Ultra Plat」(超薄型)に由来する。続く01が意味するのは、さらなる極薄への挑戦を示唆するのか、あるいはナンバー1の誇示か。ただひとついえるのは、次作も常識を覆すような革新作であるということだろう。
※この記事はPen 2022年12月号「腕時計、クラシック主義」より再編集した記事です。