「大人の名品図鑑」英国王室編 #2
世界約200カ国のなかで「王室」がある国は30に満たないが、「王室」と聞いて多くの人が思い浮かべるのは英国王室ではないだろうか。イギリス国民から圧倒的な支持を受け、その動向はすぐにニュースとなる。いまや英国王室御用達=ロイヤルワラントは完全にブランドのようになっている。今回は、そんな英国王室から愛された名品を取り上げる。
エリザベス女王の逝去にともなってイギリスの王位を継承したのがチャールズ新国王だ。正式には国王チャールズ3世。国王になるまではチャールズ皇太子と呼ばれていたが、全名は「チャールズ・フィリップ・アーサー・ジョージ」という長い名前。国王になるときにはどの名前を選ぶのかと注目されたが、国民が長く慣れ親しんだ「チャールズ」を選んだのではないかとも言われている。
チャールズ国王が生まれたのは1948年11月14日。エリザベス女王とエディンバラ公フィリップの第1子・長男として生まれた。将来のイギリス国王になるべく、父から厳しい教育を受けていた。そうした経緯もあり、わざと中産階級の児童が多い学校に通うことになったが、その学校には同じ階級の生徒が少なく、皇太子という身分でありながら、いじめやからかいを受けていたという。ケンブリッジ大学に進学後、イギリス王室の習慣に則り、イギリス海軍と空軍に入隊。ジェット輸送機や駆逐艦にも乗るなどの軍歴をもっている。一時「世界で最も素敵な独身男性」として注目を集めるが、セント・ポール大聖堂でスペンサー伯爵の三女ダイアナと結構したのが、1981年。ハイドパークには1万を超える花火が上がり、イギリスがこれだけ熱狂したのはエリザベス女王の戴冠式以来と言われる。
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古いものや伝統を大切にするチャールズ国王
そんな経歴をもつチャールズ国王は、どんな名品を愛したのだろうか。実は皇太子時代から国王のスタイルは一貫していた。ダブルブレステッドのイングリッシュドレープスーツに小さく結んだタイ、上着のラペルに花をあしらうのが彼の変わらぬスタイル。古いものや伝統を大切にする態度も一貫している。ジョンロブのオックスフォード靴は何度も修繕し、スーツもパッチを付けて7回もリペアしたことがあるという。「止まった時計」と評され、ワーストドレッサーに選ばれたこともあるが、そのスタイルは英国紳士そのもの。英国紳士はサヴィル・ロウで仕立てたスーツを大事に着こなし、子どもにまで遺すことで有名。国王もその例外ではない。
国王が40年前から取り組んでいるのが有機農法だ。生産された農作物から有機食品の販売会社を設立し、大成功を収めている。またイギリス伝統のウール産業への支援や、歴史的な建築物の保存についても熱心で、造詣も深い。そんな姿勢が評価されてか、2012年には英国版『GQ』誌でベストドレッサーに選出されているが、国王が変わったのではなく、エコロジー、サステナブル、SDGsを謳う現代がようやく追いついたとも言えるかもしれない。
そんな国王から英国王室御用達を授かっているのがサヴィル・ロウ1番地の名店、ギーヴス&ホークスだ。同店は1785年創業で海軍のテーラーだった「ギーヴス」が、陸軍の帽子、後に陸軍のテーラーとなった「ホークス」を買収した生まれた店で、サヴィル・ロウ1番地の店は1912年から同地で店舗を構える「ホークス」から譲り受けたものだ。2つの老舗テーラーの合併により、同店はイギリスの海軍・空軍・陸軍のユニフォームとアクセサリーの製作を受けもつことになり、その製作は現在も続いているという。前述のチャールズ国王とダイアナ妃の結婚でも衣裳を担当。「チャールズ皇太子が身に着けていた短刀やアクセサリー付きのユニフォームは、実は一八六三年にギヴスが製作し、当時の皇太子(後のエドワード七世)がアレクサンドラ妃との結婚式で着たものの完全なレプリカであった(ブランド等の表記は原文ママ)」と、『英国王室御用達』(恒松郁生著 小学館)に書かれている。
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ギーヴス&ホークスのスーツを日本で手に入れるには?
またTHE WOOLMARK COMPANYのサイトには雑誌『The RAKE』の編集長を務めていたニック・スコットがギーヴス&ホークスの本店を紹介する記事が掲載されている。本店の1階に広がる部屋のガラスキャビネットに飾られているのは、金のタッセルとモールで飾られた真紅の軍服。それは「ジェントルマン・アット・アームス(儀式の際に英国女王を警護する名誉職)」のものとスコットは書いている。さらに「国家元首の来訪、ウィンザーでのガーター勲章叙任式、国会開会式などの任務を彼らが受けたときにはいつでも、この部屋からすべての家具等が取り払われて、ここが支度部屋に早変わりします。この名誉職は皆、50歳から70歳までの退役軍人です。私たちは1913年から彼らの軍服をつくっています」と同店の軍服担当マネージャー、マシュー・クロッカーの発言を載せている。今回のエリザベス女王の国葬でも、同じ光景が店の中で繰り広げられたのではないだろうか。
サヴィル・ロウきっての老舗テーラー、ギーヴス&ホークスでオーダーのスーツを仕立てもらうには何度もロンドンに通わないとならないが、東京・青山にあるヴァルカナイズ・ロンドンに行けば、ギーヴス&ホークスがロンドンの店で展開しているレディ・トゥ・ウェア=既製のスーツを手に入れることができる。今回紹介するのは「クリフトン」というモデルをベースにしたもので、シングルブレストの2ボタンのスーツ。素材は上質なウール100%。構築的な仕立てが英国的な雰囲気を醸し出す。気品あるその佇まい、英国好きならずとも一度は袖を通してみたくなる逸品ではないか。
長谷川喜美が書いた『英国王室御用達 知られざるロイヤルワラントの世界』(平凡社新書)には2009年1月24日付けの新聞『ザ・タイムス』に国王(当時は皇太子)が、同店を訪問した話が書かれている。注文が入った場合、御用商人が王室の住居に赴くのが常で、それはまさに異例の出来事だったと書かれている。さらに「自らスーツのカッティングに挑戦した」とも書かれている。国王がカッティングしたスーツはどんな素材で、どんなデザインだったか。どうしてカッティングをしようと思ったのだろうか。興味は尽きない。
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問い合わせ先/ヴァルカナイズ・ロンドンTEL:03-5464-5255
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