1906年、パリのヴァンドーム広場で創業したヴァン クリーフ&アーペル。1907年に発表されたマーガレットのブローチを植物の世界に対する好奇心の先駆けとし、1930年代からは自然、とりわけ花の世界に目を向け、独創的かつ多様性に富んだジュエリーを次々と生み出してきた。
そのヴァン クリーフ&アーペルが、京都・下鴨神社にて、花、光、水をテーマにしたエキシビション「LIGHT OF FLOWERS 花と光」を開催。花道家の片桐功敦とのコラボレーションによる展覧会で、2021年春に東京・代官山で開催された「LIGHT OF FLOWERS ハナの光」の第2章となる。
片桐は、伝統的ないけばなにとらわれず、空間設営や撮影まで手がけたり、異分野のアーティストとコラボレーションするなど、独自の視点で花のある空間をつくりだしてきた気鋭の華道家。ヴァン クリーフ&アーペルとタッグを組むのは、心斎橋店のインスタレーション、前述の代官山に続いて3回目。今回の展示について片桐に話を訊いた。
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今回、下鴨神社の境内に3つの会場が設けられているが、ひとつめとなる糺の森の落ち葉の社はどのような意図でつくられたのだろうか。
「心を清める御手洗場のような空間としてつくりました。神社の清められた空間で、神社建築や様式におもねらず、ここにある自然のもので表現するほうがより場所に対する敬意が伝わると思ったんです。上には落ち葉をかけ、内部空間は左官職人の久住有生さんが手がけ、モルタルを土壁のような雰囲気で塗って、掻き落としています。土肌をくり抜いたような空気感で、中に立つと森の土の中にいるような感覚です。幹の美しさ、葉っぱの色づきの変化を見せるために天窓をつくりました。トンネルの先に流れる小川で手を洗い、顔を上げると視線を上流へ誘うように、川の中に花を生けています」
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糺の森を抜け、朱色の桜門をくぐって奥へと進むと、本殿の東側にこのエキシビションのために造られた特設会場が出迎える。こちらは落ち葉の社とは対象的に黒くてソリッドな建築となっているが、片桐はここでなにを表現しようとしたのだろうか。
「この特設会場は私が原案を起こし、クリエイティブ・ディレクションでKYOTOGRAPHIEの共同ディレクターの仲西祐介さん、空間デザインで小西啓睦さんに参加してもらっています。花、光、水という代官山と同じような展示構成ですが、今回は建物をイチから建てられるということで、空間全体が展示の一部になるよう、天井、床、方角、光の入り方など、自然に対してできるだけコントロールを施しています。やろうとしていることは落ち葉の社と同じですが、展示に集中できる設計にしました」
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特設会場の中に入ると、思わず感嘆の声を上げてしまうほど、黒い建物とは対照的な色鮮やかな世界が飛び込んでくる。
「ガラス窓には虫が食った落ち葉、虫が動いた痕跡が見てとれる落ち葉を集めて撮影したものを拡大して貼っています。黒い水面に錦絵が映って、虫食いの穴が光る。落ち葉を敷き詰めた天井の隙間も、落ち葉に埋もれた状態で上を見上げたらこういう世界が広がっているんじゃないか、すべてが土に還っていく瞬間に見える景色はこういう景色じゃないか。そんなイマジネーションからつくった空間です。秋から冬にかけて花がなくなっていく季節で、一瞬世の中が静かになる。でも落ち葉の下には来年花を咲かせようと力を蓄えている植物の存在がある。3年前から田舎に土地を購入し、自分で生けたい花を育てるようになったことで、秋は季節の終わりではなく、命が巡っていくひとつのフェーズと捉えるようになりました。その世界を感じてもらうのに、水面に映る鏡の構造が効果的だと思いました」
前回の代官山での展示では春をモチーフにし、今回は秋を題材に据えたわけだが、片桐は秋をどのように表現しようとしたのか。
「水盤に生けているのは、桔梗や菊といった、いまたけなわの花と、赤や黄色、オレンジに紅葉している葉っぱ。そのあどけなさ、ひたむきさ、造形の妙などを俯瞰でじっくり観察できるようにしました。11月末くらいまでは秋の草花と紅葉の取り合わせですが、それが終われば水仙や椿といった冬の花が徐々に登場し、最後はなにもなくなるかもしれない。エキシビションが終わるまで刻々と姿が変わっていくと思います」
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順路の最後を飾るのは、特設会場から川を挟んだところにある重要文化財指定の細殿。ここでは、ヴァン クリーフ&アーペルのジュエリーが展示されている。
「京都の表具屋さんが丸い柱に和紙を貼ったパーツをジョイントして、天井のカーブと呼応するようなリズミカルで優しい表情の空間になっています。ショーケースは中西さんと小西さんが考案したもので、木枠に銀箔を貼り、内部空間は久住さんの左官仕上げ。土で水面のような造形をつくっているところに、さまざまな石が職人の手によって昇華されたジュエリーの花が点在し、本当に水面に花がたゆたっているかのような展示になっています。歴史的な作品と現代のジュエリーを交ぜて展示してあるのは珍しいことだそうで、今回「花」をテーマに新旧の展示を実施してくれたヴァン クリーフ&アーペルの懐の深さもすごいなと思いました」
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巡る順番は、落ち葉の社から特設会場へ、そして細殿へ。その意図を改めて片桐に尋ねた。
「枯れていく花の世界と枯れない花の世界の間に川があるのが象徴的で、ある意味、彼岸と此岸という見方もできるのかなと思っています。めくるめく命の循環と、何億年単位で形成された石を生きる身姿に変えたジュエリー、そこに流れる川という関係が面白いので、まず手を洗っていただいて、限りある命の世界を見ていただいたあとで、変わらない普遍の花の姿、という流れがよいと思います。また、相反するふたつの花が共演する場所として、アミニズムをベースにして信仰の対象となっている下鴨神社はすごくふさわしいと思いました」
これまでのコラボレーションを振り返って、片桐はヴァン クリーフ&アーペルとの仕事をどう捉えているのだろうか。
「私の仕事は規模もカタチもさまざまですが、ヴァン クリーフ&アーペルとの仕事は規模が大きく、新しいことにチャレンジできるのでやりがいを感じています。花を大切なモチーフとして育んできた歴史があるし、奇想天外なアイデアも受け入れてもらえる。見たことのない空間や花の見せ方を一緒に模索してくれるすばらしい並走者です。今年の夏にはパリのヴァンドーム広場の工房を訪ね、職人の方々がジュエリーをつくる様子をつぶさに見学してきました。時代を経たいまも変わらずヴァンドーム広場に大きな工房を構え続けることにプライドを感じましたし、職人さんたちの意見交換がシームレスに自由闊達に行われるクリエイティブな空間にも大きな刺激を受けました」
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細殿に展示されたジュエリーは72点。色とりどりのローズ ド ノエル、真紅に色づいたミステリーセットのぶどうの葉に、チョウ、カタツムリ、キノコなど。卓越した職人たちの技術と創造性で花や自然のモチーフを永遠の美に昇華させたジュエリーが軽やかに並ぶ。
秋が深まりゆく自然豊かな下鴨神社を舞台に、儚く移ろう季節の花をテーマにした美のセッション。刻々と姿を変えるクリエイションを体感しに、期間中、何度も足を運びたくなるエキシビションだ。
「LIGHT OF FLOWERS 花と光」
会期: 2022年11月3日〜12月12日
開館時間:10時〜17時
会場: 世界遺産 下鴨神社(賀茂御祖神社)境内
京都市左京区下鴨泉川町59
予約不要、入場無料
www.vancleefarpels.com/jp/ja/events/light-of-flowers--exhibition-2.html