明日10月28日発売の『腕時計、クラシック主義』特集に掲載した記事のなかから、一部を抜粋して紹介する。
毎年多くの新作に触れ、長年にわたって時計業界の動向を追ってきたジャーナリストたち。腕時計における「クラシック」とはなんなのか、腕時計の目利き4人にそれぞれの視点で思い思いに論じてもらった。
Breguet(ブレゲ)
スタンダードの確立が、クラシック時計たる条件
スリムなベゼルやラグ、リーフ型・ドーフィン型の針、スモールセコンド、ドーム型あるいはボックス型のサファイアクリスタル風防......。時計をクラシカルな印象にするデザイン要素はいくつもある。これらを組み合わせればクラシック時計になる、わけでは、むろんない。古典に倣いながらひと目でそれとわかり、かつ美しいスタンダードが確立されてこそ、初めて真のクラシック時計と呼べる、というのが個人的な見解である。
老舗メゾンは、過去の優れたタイムピースのデザインを受け継ぎ、練り直しを重ねながら、それぞれのスタンダードを築き上げてきた。パテックフィリップの「カラトラバRef.96系」しかり、ジャガー・ルクルトの「レベルソ」やカルティエの「タンク」もしかり。
一方でヘリテージをもたない新興メゾンは、さまざまな時計の古典を学び、クリエイティビティを発揮して新たなクラシックのスタンダードを生み出している。フランクミュラーの「トノウカーベックス」が、その最たる成功例だ。
ブレゲは、初代アブラアン-ルイ・ブレゲが考案した針と数字のデザインや、初めて時計に応用したギョーシェ彫りを継承し、組み合わせ、きわめて上質なクラシック感を創出している。ブレゲ針は細い胴がダイヤルを隠さず、先端のリングで位置が認識しやすい。ギョーシェ彫りは、異なる模様で機構を視覚的に切り分けている。初代ブレゲのデザインや装飾は、時計の視認性を高めるための機能美。ゆえに時を経ても、古びない。
クラシック時計で確立するスタンダードが未来へと長くつながっていくためには、機能美に根ざしていることが望ましい。
髙木 教雄
1962年、愛知県生まれ。90年代後半から時計を取材対象とし、時計専門誌やライフスタイルマガジンなどで執筆。スイスで開催される新作時計発表会の取材に加え、技術者のインタビューやファクトリー取材を積極的に行ってきた。
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Naoya Hida & Co.(ナオヤ ヒダ アンド コー)
時計への畏敬とともに、研ぎ澄まされる普遍の価値
クラシックには本来、古典だけでなく、“不変的な価値”という意味がある。クラシック音楽こそその証左といえるだろう。
数百年前につくられた楽曲が演奏され続け、いまも愛される。だがそれは同じ曲をただ繰り返しているのではない。それぞれの時代の息吹が新たな感動をもたらすのだ。なぜそれをなし得たか。
クラシック音楽が生まれた時代、録音技術はなく、実際の演奏を通して口承のように伝えられた。だがそのことでむしろ音楽家の創作は広がり、さまざまな解釈がもたらされた。それはあらゆる演奏が映像でも残されるようになったいまも変わりはない。指揮者や演奏家は、譜面に向き合い、先人の意図を読み解き、自らの個性や技術、情熱を注ぐ。それによって楽曲は新たな生命を宿すのである。
ナオヤ ヒダ アンド コーから伝わるのもそんなクラシックというあり方だ。2018年に創業し、いまや世界の時計愛好家が注目する新進の国産ブランドだ。現在3コレクションを展開し、いずれも伝統的な時計技術や様式に範を取る。「NH TYPE3」は、ブランド初の付加機能としてムーンフェイズを備える。ブルー針と華やかな月齢表示が美しいコントラストを織りなし、芳醇な時を刻む。注がれているのは、時計への深い造詣と畏敬、そして熟練の手彫りと超高精度な微細加工機切削の融合だ。
新作はケースの仕様をアップデートした。だがそれは進化というよりも新たな発見や解釈によるモデルの深化であり、それぞれの魅力を極める。だからこそ再製造されることはない。そんな一期一会もクラシックの名演奏をライブで味わう愉悦に通じるのだ。
柴田 充
1962年、東京生まれ。広告制作会社、出版社を経てフリーに。広告やライフスタイル誌を中心に活躍。ファッションやクルマにも造詣が深い。還暦祝いに長年探していた永久カレンダーを購入。でも時計は動き続けても人間はそうはいかず。
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Chopard(ショパール)
品格を纏い、芳醇なワインのような色香を宿す
ラグジュアリースポーツウォッチの全盛期が続いている。どうしてこんなに人気があるのか?それは男女問わず、誰もが手っ取り早く、洗練された「風」を醸せるからなのではないかと感じている。確かに魅力的だ。一方、時計としての正統の美を宿すクラシカルな時計は、着け手に「品格」を要求するし、「品格」はどんなに金額を積んでも手に入れることはできない。
そんな「品格」を空気のように自然に纏い、クラシカルな時計を着けこなす紳士というと、まず頭に浮かぶのがショパール社の共同社長であるカール-フリードリッヒ・ショイフレだ。洗練された趣味人でもある氏は、ヴィンテージカーをこよなく愛するコレクターとして知られている。そしてもうひとつ、長年にわたり情熱を傾けているのがワインだ。
ワイナリーも所有する氏は、自身が愛情を注ぐワインの世界を見事に時計で表現した。それがこの「L.U.C ヘリテージ グラン クリ ュ」。ワインを熟成させる樽をイメージさせるトノー型のケースには、同じくトノー型の自社製ムーブメントが搭載されている。ケースがトノー型でも、ムーブメントは普通の円形という時計が多い中、見えない部分にまで美学を貫き、「グラン クリュ」と冠した。
その佇まいは確かにクラシカル。しかし同時に、芳醇なワインのような陶酔をもたらす色香が全面から漂い、ただの品行方正には終わらない。おっさん臭さのかけらもない。そう、どこかの政治家ではないが、ラグジュアリーウォッチ界における「クラシカル」はセクシーに進化していると、この時計は教えてくれる。ただ、これが似合う紳士って本当に少ないと思うけれど。
岡村 佳代
ウォッチ&ジュエリージャーナリスト。東京都生まれ。学生時代、雑誌『JJ』の特派記者として執筆活動を開始。フリーとして独立後、時計専門誌に携わりその魅力に開眼。女性誌だけではなく、男性誌、専門誌と幅広い媒体で執筆活動を展開中。
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F.P.Journe(F.P.ジュヌル)
未来の時点で古典になりうる、「新・クラシック」
腕に時計を着ける習慣は減りつつある。そんな変化に応じるかのように、メーカー側も時計の性能向上に加え、色づかいや素材の演出を通じてトレンド感をアピールし、着用者の拡大を狙っている。しかしトレンドは概して熱しやすく冷めやすいから、「原点回帰」と銘打ったクラシック回帰もちゃんと用意している。価値を保ちながら永らえるのは、やはりタイムレスでクラシカルな時計なのだと熟知しているからに違いない。
クラシックとはなにか?ゼンマイや歯車で駆動し、針で時刻を示す機械式時計、それ自体が既にクラシックだ。伝統的な技術や意匠を反映したモデルや、不動の定番の地位を確立した名作もまたクラシック。これらは既に数多く存在している。むしろ筆者が注目するのは、未来の時点で古典になりうる「新・クラシック」である。機械式特有の構造をもち、技術が洗練され、革新性が備わる一方で、ハイテク感を排除した上品なデザイン、職人の手づくり、少量生産で希少価値大、そんなイメージだ。
機械式に精通する新進気鋭ブランドにもそれは発見できる。一例はF.P.ジュルヌ。アブラアン-ルイ・ブレゲやフランスの時計師たちの偉大な業績から多くを吸収し、機構やデザインに独創的な世界を開拓した時計師フランソワ-ポール・ジュルヌは、現代の巨匠のひとり。ロゴに「Invenit et Fecit(発明し、製作した)」を掲げ、ブランド設立から20年あまりだが、1作ごとに未来に残る新・クラシックを着実に積み重ねているように見える。熱心な時計愛好家たちは、このような希少で創意あふれるブランドにクラシックの真髄を発見し、今後の永続に期待するのだ。
菅原 茂
1954年生まれ。ファッション、ジュエリー誌の編集を経て、90年代からスイス時計の取材に専念し、専門誌や一般誌、ウェブに記事を発表。高級時計ブランドの翻訳も手がけ、訳書に『ブレゲ 天才時計師 の生涯と遺産』がある。