赤いレンガ造りの壁にシードル・ゴールドの屋根が映える弘前れんが倉庫美術館。明治時代にりんご園だった場所にできた建物は、日本酒の醸造所やシードル工場として使われ、長く米倉庫としても利用されてきた。そして2002年に同市出身の美術家、奈良美智の展覧会が開かれ、2005年と翌年にも奈良の展覧会を開催。そのことが大きな契機となり、煉瓦倉庫を新しい空間に再生しようとする機運が高まった。2015年には弘前市が取得し、建築家の田根剛の設計によって改修が行われ、2020年に美術館としてオープンを果たす。かつてシードルを貯蔵するためにタンクが並んでいた、展示室のコールタール塗料による黒い壁面も美術館として珍しい。
現在開催中の『「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展』では、美術館の前身である煉瓦倉庫時代に行われた3度の「奈良美智展弘前」の軌跡を、さまざまな作品や資料、それに写真や映像で振り返っている。「もしもし」からはじまるタイトルがユニークだが、当時の煉瓦倉庫の持ち主だった吉井千代子(吉井酒造株式会社社⻑)が、奈良の作品に惚れ込み、自らの倉庫で展示をしたいとギャラリーに問い合わせたというエピソードにちなんでいる。そして奈良も子どもの頃から知っていた煉瓦倉庫の中へ初めて入り、この場所で展覧会をすることを望んだ。
会場では「奈良美智展弘前」を9つの切り口から紹介していて、とりわけ当時の印刷物をはじめとする資料が驚くほど充実している。チラシ、ポスター、それに新聞の切り抜きはもとより、Tシャツや浴衣といったグッズ、さらにコラボ菓子として近隣の菓子店が販売する商品につけていた焼印までもが集結。また「奈良美智展弘前」の準備中の会場風景などを捉えた永野雅子と細川葉子による写真も見過ごせない。そこには展覧会にまつわる日々の出来事とともに、ボランティアスタッフのすがたも写されていて、当時の人々の熱気や弘前での盛り上がりが伝わってくる。実際に3度の開催では総勢1500名ものボランティアが集まり、運営、企画から設営準備、それに受付やショップでの作業など担ったというから、多くの人々の手があったからこそ実現した展覧会と言って良い。
内容は盛りだくさんだ。過去に出展された奈良のドローイングや2.5mを超える大型の絵画作品『Milky Lake』をはじめ、当時は遊具として解放されていた『サーフィンドッグ』、奈良が弘前で暮らしていた頃に親しんだ書籍やレコードも展示されている。また「弘前エクスチェンジ」と題し、過去にボランティアに参加してアーティストの道へと進んだ佐々木怜央のガラスによる作品や、10代から20代の若い世代が「奈良美智展弘前」をリサーチし、それをもとに短い演劇を創作する「もしもし演劇部」といった市民参加型の活動も紹介されている。過去の展示風景などがスライドで上映されるスペースは、色とりどりのフラッグもたなびき、祝祭感にも満ちていて、まるでライブを前にしているような胸の高まりさえ覚える。「奈良美智展弘前」をきっかけに、多くの人々がつながり、さらに未来へ向けて新たな創造が生み出される様子を、弘前れんが倉庫美術館で体感したい。
『「もしもし、奈良さんの展覧会はできませんか?」奈良美智展弘前 2002-2006 ドキュメント展』
開催期間:2022年9月17日(土)〜2023年3月21日(火・祝)
開催場所:弘前れんが倉庫美術館
青森県弘前市吉野町2-1
TEL:0172-32-8950
開館時間:9時~17時 ※入館は閉館の30分前まで
休館日:火、12月26日(月)〜1月1日(日) ※3月21日(火・祝)は開館
入場料:一般¥1,300(税込)
https://www.hirosaki-moca.jp