美しい自然とアートを体験する至極の芸術祭『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』へ

  • 写真・文:中島良平
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前田エマ『窓』 倶留尊山の麓、ススキの原っぱを舞台とするインスタレーション。曽爾村で実際に使用されたものを組み合わせ、屋外に幻想的な空間を演出する。

奈良県南部・東部の奥大和と呼ばれるエリア。吉野町、天川村、曽爾(そに)村という3つの自治体を会場に、アートを通して壮大な自然を体験する芸術祭『MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館』が3回目の開催を迎え、11月13日まで開催されている。2020年の吉野町2021年の天川村に続き、今年は曽爾村を訪れた。

2020年のコロナ禍。大きな打撃を受けた奥大和の観光業に一石を投じるために何ができるか、その課題をきっかけにこの芸術祭はスタートした。5時間前後をかけて各地域のトレイルを歩くことで、近所の外出すらもままならなかった多くの人々の閉塞感を打開し、環境や地域との対話を促進すべく、ライゾマティクス・アーキテクチャー(現パノラマティクス)を主宰する齋藤精一がプロデューサーとして迎えられ、開催に至った。

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曽爾村から感じたものを作品化

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永沼敦子『曽爾ナジー』 MIND TRAIL曽爾コースのスタート地点に設置された写真作品。

総面積の86%が森林に覆われ、中央を流れる曽爾川沿いの9つの集落で構成される曽爾村。MIND TRAILのコースは曽爾村役場からスタートする。最初に出会うのが、役場の駐車場に設置された永沼敦子の写真作品『曽爾ナジー』だ。作品制作のために訪れた曽爾村では、地元の人々と語り合い、踊り、音を奏でるなどして交流を深め、生活の様子を見せてもらいながら撮影に臨んだ。出会った人々から感じた明るさや、土地の力から「曽爾」と「エナジー」を組み合わせた造語をタイトルにした。

スタート地点に設置されたこの作品が象徴するように、アーティストたちは思い思いに曽爾村から感じたものを作品化している。役場から250メートルほどの場所に位置する門僕(かどふさ)神社に向かうと、植林された無数の樹木から千仏思想に通じるものを感じた三瓶祐治は、木の切り株を「クシティ・ガルバ(大地の母胎)」というサンスクリット語の単語を語源とする地蔵菩薩に見立て、彫刻作品『クシティ・ガルバ』を手がけた。多くの生き物が住み、循環が正常に働き、人間も他の生き物や植物と同等に近い場所に組み込まれて生活している土地だと曽爾村の特性を読み取った岩谷雪子は、植物たちとの戯れの痕跡を『私に気づいて』という作品に残した。

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三瓶祐治『クシティ・ガルバ』 門僕神社に始まり、コースの終盤まで複数の箇所で同作品は登場。切り株の形や数によって、そのフォルムも空間構成も変えながら制作された。
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岩谷雪子『私に気づいて』 この作品もまた、コース内の複数の箇所で登場する。グラウンドであればそこに因んだ植物を使用するなど、やはりまるで姿を変えながら。
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前田エマ『窓』 ススキに覆われた小径を抜けた先にインスタレーション作品が広がる。

坂道を上り、MIND TRAILの矢印の表示に従って草原に向かうと、冒頭でも紹介した前田エマのインスタレーション作品『窓』と出会う。窓や鏡などを通して曽爾村の景色、生活を再発見することを企図したこの作品には、曽爾の人々が暮らしの中で実際に使用したものを利用。壮大な自然の風景に人々の生活と歴史が溶け込み、幻想的なイメージとなって展開する。川沿いに進む山道に入ると、草木を写す長岡綾子の『Mirrors for Weeds』や、尾柳佳枝の『外に囲まれている絵』という空間に呼応した作品が景色を彩る。

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長岡綾子『Mirrors for Weeds』 小さな草花を映す石の形をした鏡を点在させたこの作品は、足元の世界に目を向けるきっかけとなる。複数箇所に展開する作品。
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尾柳佳枝『外に囲まれている絵』 曽爾村の色々な景色の中に絵を置いたり掛けたりすることで、景色とともに絵を楽しめる。複数箇所に展開する作品。
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小松原智史『コマノエ』 自然の中にあるかもしれない、あったかもしれない形をドローイングに収め、立体化した作品を景色に溶け込ませた。
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修験者が行水をして身を浄め、水煙不動大明王の霊を仰いだとされる済浄坊の滝は、『コマノエ』からほど近くに位置する。

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アートで彩られる屏風岩公苑

さらに歩を進め、スタートから2時間も歩いた頃だろうか。曽爾村観光のハイライトのひとつでもある屏風岩公苑もアートで彩られている。見上げると、垂直の柱状節理の岩壁がおよそ200メートルにわたって屹立する圧巻の屏風岩。西岡潔が『大地の子』と名付けた作品(櫓)に上り、屏風岩公苑の音や風を感じながら大小の動物を思わせる植物の立体を眺め、北浦和也の木彫作品『TOKI DOKI』からは、縄文土器に表現された“昔”と熊のぬいぐるみの“今”の共存を感じ取る。また、長岡綾子の『Mirrors for Weeds』と尾柳佳枝『外に囲まれている絵』も楽しむことができる。朝に出発すれば、弁当を広げる場所としてもタイミングとしても最適な場所だ。

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公苑より屏風岩を見上げる。
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西岡潔『大地の子』 動物のような立体作品は木材で作られており、乗り込んでケンタウロスさながらに動物との一体化を体験できる。
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CALMA by Ryo Okamoto『STICKER TUNE』 所有物にステッカーを貼り、個性やオリジナリティを出すステッカーチューンという行為。人間は自然の所有者を気取っていないだろうか。美しい自然をバックに、人と自然の関わり方について考えさせる作品が生まれた。
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北浦和也『TOKI DOKI』 縄文時代から存在する屏風岩を見上げるように立ち並ぶ木々。縄文土器と熊のぬいぐるみを組み合わせたモチーフの木彫作品には、縄文時代から現在までの時の移ろいへの思いが込められた。

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下り道をしばらく進み、村田美沙の『水脈のピース』を鑑賞したら、ゴール地点でもある曽爾村役場に戻ってくる。17時になると、プロデューサーの齋藤精一の作品『JIKU#015 SONI』が点灯する。第1回から展示されているこの作品は、吉野町、天川村、曽爾村の3会場から役行者が修験道を開いた地とされる大峯山を投射し、奥大和固有の歴史を浮かび上がらせる。

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村田美沙『水脈のピース』 植物療法を学んだ経歴があり、「人と植物の関係性」に着目する村田。奥大和の離れた地域を結ぶ水脈に着目し、会期中も歩きながらフィールドワークを行い、人々と水をテーマに対話しながら歩く様子を動画に記録して配信する。
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齋藤精一『JIKU#015 SONI』 地域固有の軸となる歴史や事象、伝説などを光線で可視化させる「JIKU」シリーズを齋藤は各地で手掛けてきた。

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初回から2年間をかけ、プロデューサーや参加アーティスト、クリエイティブチームら芸術祭関係者は地元の人々と交流を深め、対話を重ねてきた。冒頭で紹介した岩谷雪子の作品『私に気づいて』の手前では、地元のおばあさんから「椿の葉っぱにかわいい作品があったわよ」と話しかけられ、携帯電話で撮影した写真を見せてもらう機会があり、地元での認知が深まっていることを感じられた。5時間前後をかけて山道を歩くこの特殊な芸術祭には、アートを通した新たな地域デザインのかたちも読み取ることができる。時間を作り、旅の計画を立て、秋の奥大和を目指してほしい。新たなアート体験が味わえるはずだから。

MIND TRAIL 奥大和 心のなかの美術館

開催期間:2021年9月17日(土)〜11月13日(日)
開催場所:奈良県 吉野町、天川村、曽爾村
TEL:0744-48-3016(奈良県 奥大和移住・交流推進室)
※月曜から金曜の8時30分から17時15分まで
休場日:無休
鑑賞料:無料
https://mindtrail.okuyamato.jp/