「大人の名品図鑑」チノパン編 #5
メンズファッションにおいて、ジーンズと並ぶ定番パンツと言われるチノパン。もともとは軍用としてつくられたという確かなルーツと歴史をもつアイテムだが、トレンドに流されず通年で使え、カジュアルでもビジネスでも幅広く使える万能さが魅力だ。今回はチノパンの名品について紹介する。
今回の「大人の名品図鑑 チノパン編」の第1回で、チノパンとは「チノクロス」と呼ばれる綾織のコットン生地でつくられたパンツのことだと書いた。『男の服飾事典』(婦人画報社)によれば、チノクロスは「綿ギャバジンに似た、丈夫な綾織綿布。イギリスではこれをコットン・ドリルと呼ぶ」と書かれている。専門的には、現在流通している「チノクロス」の多くは、タテ糸、ヨコ糸とも1本縒りの「単糸」で織られていて、生地を正面から見て、左上から右下に畝が流れる「左綾」の畝を持つものがほとんどだ。
しかしチノパンのルーツである「41カーキ」に代表される軍用チノパンは、畝が右上から左下に向いて流れる「右綾」だったらしい。さらに糸そのものも「単糸」ではなく、2本の糸を1本に縒りあげた「双糸」で織られていたことが明らかになっている。アパレル業界では当時使われていたこの布地を「ウエストポイント」、通称「ウエポン」と呼び、一般的な「チノ・クロス」と区別して扱うことも多い。チノパンのルーツである「41カーキ」を元にしてデザインされたミリタリー的なチノパンは「ウエストポイント」を素材に採用していることを謳っているモデルが多い。
「ウエストポイント」は日本で命名されたといわれているが、その由来となったのは、アメリカ・ニューヨーク州にある「ウエストポイント士官学校」。この学校は陸軍将校の養成機関として1802年に創立したアメリカでは狭き門の名門校で、過去にマッカーサー、アイゼンハワーなど2名の大統領、20人の宇宙飛行士を輩出している。
この士官学校の制服にもこの布地は実際に採用されていた歴史があるらしいが、植民地における権威を示す意味で、アメリカ軍でも上級士官用の制服向けの素材として「ウエストポイント」は考案されたという説もある。一般の「チノクロス」に比べて細い「双糸」を使い、綾織で高密度に打ち込むことで独特の光沢やハリとコシを出している。ひと目見ただけで「上等」な生地とわかるのも「ウエストポイント」の大きな特徴だろう。
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デッドストックのウエストポイントを採用したチノパン
その「ウエストポイント」の素材を使ってチノパンをつくるブランドがある。ディーシーホワイト(D.C. WHITE)だ。長くファッション業界に携わってきたメンバーが大阪で立ち上げたブランドで、これまでは定評あるパンツを中心に展開してきたが、2022年春夏からリブランディングし、トータルでコレクションを発表するようになった。ブランド名は「District of Columbia WHITE」を略して「D.C. WHITE」と表記する。アメリカではコロンブスが発見した新大陸を「Columbia=コロンブスの地」が表現するが、誠実なものづくりを常とする神聖な地を「WHITE」と架空の名前を付け、このようなブランド名になったと聞く。デザインのコンセプトはアイビースタイルをベースに、現代的な解釈を加えたスタンダードなスタイルを標榜する。
今回紹介するチノパンは刷新されたブランドを象徴するモデルの一つで、素材に使われている「ウエストポイント」は90年代に日本で製作され、多くは軍用の素材として海外に輸出されていたものだ。デッドストック=在庫品として長い間倉庫に眠っていたもので、専門的にはタテ糸36/2で、ヨコ糸24/2の綾織の組織で織られている。特にヨコ糸に24/2の糸を使われることは珍しい。入手が難しいためだ。もちろんデッドストック品なので、在庫量も生産できる数量も限られている。
リブランディングするにあたって、自分たちが理想とする素材を探していた同ブランドの石原協と高橋哲晴の2人がたまたまこの布地に出逢い、その布地をチノパンに仕上げたのが、今回紹介する「ウエストポイント オフィサーパンツ」というモデルだ。
新しいアイビースタイルをコンセプトにするブランドらしく、素材に本格的な「ウエストポイント」を採用しても、このチノパンはとてもモダンな雰囲気を持っている。裾に向かって緩やかにテーパードするデザインで、ワイドサイズを選んでもルーズには見えないのがこの特徴だ。カジュアルなスタイルからジャケットスタイルまで、オールマイティに使える。
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細部にも徹底的なこだわり
縫製ではドレスパンツのテクニックが多く採用されている。
「フロントの腰回りがフラットで端正に見える90年代のチノパンが再現できるように丁寧につくっています。ほとんどの箇所を『割り縫い』という手法できれいに仕立てています」と石原は話す。細部も徹底的にこだわり、ポケットの袋地が見えないように、ポケット口の深くまで「ウエストポイント」の布地が使われ、パンツ全体に上品さが漂う。
「私たちのブランドとしては普通のチノクロスを使ったものと、上級士官のためにつくられたウエストポイントをあえて分けて考えたいと思っています。このモデルがこうした丁寧な縫製を取ったのもそのためです。テーラードウェアを得意とする工場に縫製を依頼したので、ここまでのことができたのだと思います」と高橋は話す。
実は2人が入手した「ウエストポイント」の布地は、染色前の生成りの布地だった。それを自分たちの希望する色に染めたのが今回のチノパンに使われている2色。「ネイビーは使い込んでいくうちにきれいに白く落ちていき、光沢が増すイメージで染めました」と石原。ネイビーもベージュも試行錯誤を重ねて色が決められた。
「ウエストポイント」にかける情熱は相当なもの。希少な素材をベースにこれまでのチノパンとはまったく違ったアプローチで取り組むこのブランドの姿勢に、チノパンというアイテムの“未来”を感じる気がする。
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