【Penが選んだ、今月の音楽】
『ルネッサンス』
トリクルダウンの虚像が崩れゆく中、ボトムアップに心血を注ぐまっとうな権力者がついに登場した。とは言え、残念ながら政界や経済界からではない。女性アーティストの頂点に君臨するクイーン・オブ・ポップ、ビヨンセこそがその“権力者”だ。
6年ぶりとなる7作目『ルネッサンス』は、ハウスやバウンス、ディスコなどの全16曲をほぼノンストップでつなぐDJミックスのような本格ダンス・トラック・アルバム。アフリカ系やラテン系のトランスジェンダー・コミ
ュニティ“ボールルーム・カルチャー” に深くインスパイアされ、これまでも表現してきたLGBTQコミュニティとの連帯をさらに打ち出す野心作となっている。1970年代に黒人/クィア・コミュニティで生まれたハウスに光を当てるように、クラシックな4つ打ちハウス「ブレイク・マイ・ソウル」を先行シングルに選んだ事実が、このアルバムの性格を物語っている。
音も姿勢も、かつてないほどの攻めた状態にあるビヨンセだが、新作のそこかしこに文化の起源となった先達クリエイターたちへの敬愛があふれている。70年代にゲイやトランスジェンダーに愛された、ドナ・サマーの定番ディスコ「アイ・フィール・ラヴ」を換骨した曲でエンディングを迎える点はその最たる例だが、他にもクィアな黒人DJ、ハニー・ディジョンやクラブの旧女王グレイス・ジョーンズなど、人選の妙も堪能できる。ニューオーリンズ・バウンスのオリジナルやアトランタのラップ・クラシックの引用など、自身のサウスの出自にもしっかり目配りするサンプリングも見事。結果、クレジットの数は100人規模となったが、関わる全員が潤うので音の権力者も本望だろう。
バウンシーなゴスペル調R&Bや爽快系ソウルチューンも魅惑を放つ、踊れる傑作が誕生した。
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※この記事はPen 2022年11月号より再編集した記事です。