踊る人の身体を動かしているものとはなんだろう？　「踊っている時なにを考えているの」と尋ねると、あるダンサーは「なにも。考えたら怪我をしてしまう」と答え、別のダンサーは「視覚が捉えた環境から刺激を受けて動く」と言った。森山未來はまさにその「動かされる身体」の問題に取り組んでいる。この秋全国を巡回する新作公演『FORMULA』は、森山が脳科学者の中野信子とともにリサーチとディスカッションを重ね、創作してきたパフォーマンスだ。

「中野さんとは出会うべくして出会ったと思います。彼女は科学者として脳の中で起こっていることを研究し、『人間とはなにか』を読み解こうとしてきた。さらにいま東京藝大の大学院でアートの研究を通して表現の領域を模索し、自身でも作品を発表しています。さまざまなことを話し合いましたが、すべて科学的な知見から言葉が出てくるので、興味が尽きません」と森山は振り返る。

中野によれば、脳とは人体のハブの役割を担う器官にすぎず、私たちの意思決定を司るのは身体そのものだという。医療機器の発達により、何億年もの時をかけて形づくられてきた身体がもつ、論理で割り切れない機能についてもわかってきた。もはや科学的な説明だけでは収まらない問題を解明するため、彼女の知的好奇心は、太古より人間の感覚を刺激してきた芸術の領域に向かった。芸術に、人間を絶滅から救ってきた可能性を見出したからだ。統合的な知のあり方に情熱を傾けるうち、森山未來のダンスへと導かれたという。

「論理で割り切れないものによって、半ば無条件に身体が動かされることがあります。たとえば、空っぽの状態の身体が、詩的な言葉や空間、物によって動かされる。演劇や映画の台本のト書きやキャラクター設計とは違う、踊り特有のものかもしれません。思考が停止した状態で引っ張り出される意識のバグや、引き裂かれるような感覚について、中野さんとリサーチを繰り返してきました。脳科学者の知見とともに重ねてきたトライアルをもとに、直感を信じて、作品を組み上げていきたい」

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自意識の境界を解き放つ、「つながり」の脳波

その過程で彼らが試みたのが、脳波を測定しながらのダンスである。1月に神戸で行われたワーク・イン・プログレスでは、中野が開発した脳波を測るデバイスを着けてパフォーマンスを行った。

「5つの帯域で出る脳波を映像でビジュアライズしました。脳波の帯域にはリラックスや緊張を表すものがあります。そのひとつに、自分の意識を取り囲む境界線が解き放たれ、人と関わりたいと感じる瞬間に出る脳波がある。その脳波を出しながらパフォーマンスを行うことができるのかどうかを試しました。パリや神戸でのリサーチの過程で、中野さんをはじめさまざまな人たちと対話を重ねてきました。人間が生きていくとはどういうことなのか。結局、他者とつながり、集団の中で生きていくことが宿命づけられているのではないかと感じたんです」と森山は語る。この時の彼のパフォーマンスでは、普通はあまり見られないという、最も周波数帯域の高いその「解放」と「つながり」の脳波が見事に優位に現れていたと聞く。

また本作では、10年来の朋友であるイスラエル出身のダンサー・振付家のエラ・ホチルドもリサーチの段階から対話と実験に参加してきた。さらに森山が近年アートの領域に関わる中で出会った現代美術家の川俣正がセノグラフィーを、デザイナーの廣川玉枝が衣装を手がける。劇場に足を踏み入れた瞬間から作品世界に没入し意識を刺激される、新しい表現の誕生に大いに期待したい。

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WORKS
パフォーマンス『FORMULA』

森山未來と脳科学者の中野信子、ダンサーのエラ・ホチルドが、国際的に活躍するアーティストたちを迎えて、劇場を没入感あふれる空間に変える新しい表現に挑戦する。10月の東京芸術劇場を皮切りに全国6都市で開催。

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奉納舞『Re: Incarnation』

東日本大震災から10年を迎える2021年3月11日の夜、音羽山清水寺にて森山が総合演出・出演を務めた舞を同山に奉納した。平安京の風葬の墓跡・鳥辺野を背景に、まさに清水の舞台で「九相図」に想を得た9つの場面が上演。

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YouTube番組『MEET YOUR ART』

森山がMCを務めるアート専門チャンネル。「アートと出会う」をコンセプトに作家のインタビューやアートの知識を提供。作品購入の機会の創出とともに、若手作家の活動支援のプラットフォームとなることを目指す。