チノパンの「チノ」の由来とは? 英国ブランド・コーディングスのトラウザーズ

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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「コットン チノトラウザーズ TR134」というモデル。イギリスの老舗生地メーカー、ブリスベンモス社のミディアムウエイトのコットン素材を採用。プリーツが入っていないプレーンなフロントデザインで、流行に左右されないストレートシルエット。フロントはジッパーではなく、ボタンフロントとクラシック。カーキ以外にも、ネイビーなどの4色を展開する。¥24,200/コーディングス

「大人の名品図鑑」チノパン編 #2

メンズファッションにおいて、ジーンズと並ぶ定番パンツと言われるチノパン。もともとは軍用としてつくられたという確かなルーツと歴史をもつアイテムだが、トレンドに流されず通年で使え、カジュアルでもビジネスでも幅広く使える万能さが魅力だ。今回はチノパンの名品について紹介する。

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「チノパン編」の第1回で、現代のチノパンの多くがアメリカの軍服がルーツだと書いたが、チノパンの「チノ」素材の生みの親は実はアメリカではなく、イギリスだった。しかも最初にイギリスがつくったチノは、あのカーキ色ではなく、白だったと聞くから驚く人も多いだろう。

「チノ(chino)」とは、スペイン語の「中国」のこと。しかし、「中国原産の生地で仕立てられた」からチノパンと言われるようになったというのではない。元ハーバード大学教授の板坂元は著書『紳士の小道具』(小学館)の中でこう書く。

「チノという生地は千八百四十年ごろ英国のマンチェスターで織りはじめられたもので、白の強い綿織物。熱帯地方に駐屯する英国兵の軍服用に作られたものだった」。

教科書や事典などに掲載されたナポレオンの肖像画を見ればわかるように、当時のヨーロッパの軍人たちは誰もが白いパンツで戦争に赴いていた。イギリス軍ならば、多くの将校や兵士たちは折り返し襟が付いた赤い上着に、白いパンツを着用。脚にぴったりしたデザインで、緩みなくはきこなすのが粋と言われていたらしい。だが、白のパンツは戦闘では目立ってしまうし、すぐに汚れてしまう。当時、インド駐屯軍の連隊長だったハリー・ラムズデン卿は、この不都合が納得できず、白い軍服をコーヒーとカレー、それに桑の実を混ぜた汁で染めてしまったらしい。こうして出来上がったのが「カーキ」という色で、その色はインドの大地に巧みに溶け込むことに成功、戦いにも向いていた。

やがて第一世界大戦が始まると、カーキ色のこの生地はインドから中国に輸出されるようになり、当時フィリピンに駐在していたアメリカ軍にも転売された。その生地が中国からもたらされたと勘違いしたアメリカ兵によって、カーキ色の生地で仕立てたパンツがスペイン語で中国を意味する「チノ」と呼ばれるようになった。これが「チノ」の由来の有力な説だ。ちなみにカーキ色の軍服は、出血した血の色が黒みがかった赤に変わるため、兵士たちがパニックを起こしにくかったとも言われている。イギリスやアメリカが採用したカーキ色の軍服をヨーロッパ諸国が追随するように採用、日本でも日露戦争の途中に、それまでの黒に代わってカーキ色の軍服が陸軍に採用されたと同書で板坂は書いている。

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クラプトンも経営陣に名を連ねる、英国の名ブランド

メンズウエアのアイテムを調べていくと、イギリスと関係が深いアイテムが多いが、アメリカ生まれの印象が強いチノパンも実はイギリスで織られた生地が元になって生まれたアイテムというわけだ。そんなイギリスにチノパンの名品はないかと探し当てたのが、イギリスの首都ロンドンにある名店、コーディングスがつくったチノパンだ。

チノという生地がマンチェスターで織られた19世紀中ほどの1839年、ロンドンのストランドでレインコートなどを製造販売するショップとしてオープンしたのがコーディングスの始まりだ。創業者は今でも店名に残るジョン・チャールズ・コーディングス。1877年には現在の店舗があるピカデリー地区に移転し、ロンドンの代表的なメンズショップのひとつとして同じ場所に旗艦店を構える。ファッションデザイナーで、多くの著作を持つアメリカのアラン・フラッサーは、『男の服装学』(平凡社)で「十九世紀からコーディングはイギリスでも海外でも第一級のレイン・コート、乗馬用のマッキントッシュ、射撃用の服、靴などの小売商として定評を得てきた。—中略—コーディングの商品は殆どみなそうだが、これこそまさに“クラシック”、永遠に着られるスタイルのコートである(ブランド表記等は原文のまま)」と書く。フラッサーお気に入りのクラシックなコート類をはじめ、カントリーテイストのツイードジャケットやシャツの人気も高いが、今回紹介するパンツもコーディングスを代表するアイテムのひとつだ。

英国式にはパンツを「トラウザーズ」と言うが、「コットン チノトラウザーズ」と名付けられたモデルは、コーディングスの定番チノパンといえる。もう一つの名品パンツとして人気が高いモールスキンのトラウザーズと同じく、イギリスのブリスベンモス社の生地を採用しているのも特長だ。ブリスベンモス社は1858年創業でコットンに特化した老舗生地メーカーとして知られる。「コットン チノトラウザーズ」では張りのあるミディアムウエイトのチノクロスを採用、長いシーズン着用でき、はくほどに風合いが増していく。腰から腿周りまでゆとりを持たせながら、膝下からストレートに仕上げたシルエットが美しく、脚長効果も高い。ジャケットと合わせれば、完璧なブリティッシュトラディショナルな装いに、カジュアルアイテムと合わせても洗練された佇まいを演出してくれる。

仕立ては老舗らしく、完璧にドレスパンツの仕様をもつ。イギリスらしいクラフツマンシップが香る丁寧な縫製で、コットン100%の裏地付きのウエストバンドを備え、履き心地もいい。フロントのボタンフライのディテールがいかにもクラシックだ。どこからどう見てもイギリス的なモデル。こんなチノパンはなかなか日本で手に入れることは難しい。大人っぽくチノパンをはきたい人に絶好の一本と断言できる。

ちなみにこのコーディングスはイギリス、いや世界を代表するギタリスト、エリック・クラプトンが経営陣に加わっていることでも知られる。クラプトンは若いうちからコーディングスの顧客で、コーディングスが運悪く経営危機に陥ったときに、支援を申し出たと聞いている。そんな有名人にも愛されたコーディングスがデザインしたチノパン、いやチノトラウザーズ。足を通せば“イギリス”を満喫できることは確実だ。

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ポケットの袋地に縫い付けられたコーディングスの織りネーム。1839年創業と刺繍されている。ロンドンの旗艦店以外には、イギリス中部のハロゲイトにもショップがある。

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フロントはイギリス流にクラシックなボタン仕様。各所の縫製も美しく、丁寧に仕立てられていることがわかる。

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腰部分にコットン100%の裏地付きのウエストバンドを備えているので、しっかりとした仕立て上がりになり、着用感もよい。

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「チノトラウザーズ」を使って、コーディングス流のカントリースタイルをコーディネートしてみた。ツイードシャツジャケット ¥79,200、タッターソールのシャツ¥18,700、チノのトラウザーズ¥24,200/すべてコーディングス

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「チノトラウザーズ」と並ぶコーディングスのパンツの名品。右が8ウェール、17オンスのコーデュロイ、左が14オンスというヘビーウエイトのモールスキンの素材。どちらもブリスベンモス社の生地が使われている。各¥29,700/コーディングス

問い合わせ先/真下商事 ︎TEL:03-6412-7081

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