【小山薫堂の湯道百選】第七三回“湯は、人を謙虚にする。”

  • 写真:杉本 圭
  • 文:小山薫堂
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〈鹿児島県霧島市〉
竹林の湯

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鹿児島空港からクルマで10分走った国道沿いに、奇跡的な「野湯(のゆ)」がある。商業利用されていない自然の中で自噴する温泉を野湯というが、大半はたどり着くまでに困難が伴う。しかしここは国道から竹林の谷を川に向かって下ること3分。これほど簡単に極楽の野湯にたどり着けること自体、奇跡なのである。決まった管理者は不在。成り立ちはわからないが、地元ではいつからか「竹林の湯」と呼ばれるようになった。

川沿いの丘からこんこんと湧き出している温泉は50℃。川に向かって湯が流れ落ちる岩肌は赤茶色に染まり、その途中にふたつの湯船がある。もちろん湯船といっても完全な人工物ではなく、天然の岩の凹みを人が少しずつ掘ったものと推測できる。流れ落ちる間に湯は冷まされ、上段の湯船は43℃前後、下段になると40℃と絶妙の湯加減になっている。もちろん更衣室はない。服を脱ぎ、足場の悪い坂を少々下って、天然の湯船に浸かる。「あぁ」という極楽のため息しか出ない。川のせせらぎに耳を傾けながら、ゆっくりと目を閉じる。笹の葉をゆらす風が青い匂いを運んできて、身体のなかをきれいにしていく。額にうっすらと汗がにじんできたので、川に飛び込んだ。天然の水風呂の、これまたなんと心地よいことよ!

温冷浴を繰り返しているうちに仲間も増えていた。これほど贅沢な湯を共にすると見知らぬ仲でも打ち解けてゆく。

24時間、人を選ぶことなく湧き続けているこの湯を見て、崇敬の念を抱いた。

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国道223号線沿いの竹林を下りると温泉に。入り口には誰が設置したのか不明の門がある。温泉の下を流れるのは天降川(あもりがわ)。川沿いに多くの温泉があり、坂本龍馬がかつて新婚旅行に訪れた塩浸温泉もそのひとつ。 

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源泉から浴槽にかけての岩が赤茶色に変色しているのは長年の温泉成分によるもの。炭酸泉。

竹林の湯

住所:鹿児島県霧島市牧園町宿窪田
定休日:無休
料金:無料

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※この記事はPen 2022年11月号より再編集した記事です。