エリザベス女王陛下のご逝去を受け、イタリアでも主要なテレビや大手新聞社が一斉にトップニュースで取り扱い連日報道されている。
女王の棺を乗せた車がスコットランド・バルモラル城を出発し、6時間かけてエディンバラに到着するまでも生中継で報道した。チャールズ3世新国王の英議会での演説も生中継でイギリスとライブで繋がっていた。
全世界に悲しみの声が広がっている中、エリザベス女王に仕え、唯一のイタリア人シェフ、エンリコ・デルフリンガー氏が語ったエリザベス女王との思い出の秘話がとても興味深かった。ウィンザー家の最初のイタリア人料理人である彼は、議定書の指示に従い30年間、"イギリス王室のための仕事について"を外部に口外することができなかったが、30年の月日を経て、ようやく話すことを許された。
英国の君主によって「世界最高」と定義され、女王が最もお気に召されたという「クイーン ヴィクトリア リゾット」についてもあわせて紹介したい。
エンリコ・デルフリンガー シェフは、1987年から1990年までの3年間、チャールズ皇太子とダイアナ元皇太子妃の当時の邸宅に住み、バッキンガム宮殿とケンジントン宮殿でイギリス王室に料理を提供した。王室の歴史上最年少で総料理長を務めた。
イタリア・レッコ県、コモ湖の湖畔にあるヴァレンナという人口約700人の小さな町の出身の若きシェフは、 「イタリア大使館主催のコンペで優勝し、大使館で働けるようになるのだろうと思っていたら、なぜかイギリス王室に雇われていた。ロンドンに到着したとき、私は当時26歳でした。」と言う。
若干26歳で、英王室の宮廷料理人をすることになった最初で唯一のイタリア人シェフであるデルフリンガー氏、エリザベス女王との初対面では、非常に堅苦しい形式でほんの数分間の出来事だったが今でも鮮明に覚えていると言う。
「作法やマナーを間違えたり、無礼があってはならないと思いとても緊張し恐怖すら感じていたが、反面ワクワクもした。女王は正確で、忠実で、微妙なユーモアがお好きな女性だった。」と語った。
---fadeinPager---
女王の日常生活は
シェフによると、女王は、朝食には全粒粉パン、オーツ麦フレーク、サンドイッチはサーモン、キュウリを挟んでサワークリームを添える、グレープフルーツ半分。
そして、毎日かかさず厳密に夕方5時からアフタヌーンティーを楽しまれた。夕食は20時から規則正しい食生活をしていた。
少なくとも医者から禁じられるまでは毎晩、ジントニック、食前酒としてスパークリングワイン、夕食後にはウィスキーを召し上がられるのが習慣で、甘い物は極力控えていた。イタリア料理とワインに精通した愛好家であり、好奇心が旺盛で小さな喜びにふける方法を見つける天才、カジュアルでユーモアに溢れ、信じられないほど優しいお方だった。70年以上というイギリス史上最も長い間、王座に君臨したエリザベス2世女王陛下のその並外れた強さを理解し、学ぶことができたと言う。
そして、エンリコ・デルフリンガー シェフの代名詞とも呼べる有名なリゾット、歴史に残るディナーでエリザベス女王を征服したと呼ばれる、その名も「クイーン ヴィクトリア リゾット」が登場する。
たくさんの逸話の中でも特にデルフリンガー氏にとって一番思い出深い「海老のビスクリゾット 〜トリュフを添えて〜」の一品は、エリザベス女王が気に入り、ホールにシェフを呼んで「世界最高の一品よ」と褒めてくれたそうだ。
---fadeinPager---
クイーン ヴィクトリア リゾットの作り方とレシピ
材料:カルナローリ米、オリーブオイル、マルガバター、エシャロット、白ワイン(フランチャコルタ)、タイム、マジョラム、ワイルドフェンネル、パルミジャーノ・レッジャーノ、赤海老、黒トリュフ
リゾットのベースは、ロブスター、カニ、エビ、ザリガニ等などの甲殻類を裏漉しした濃厚なクリームベース。クイーン ヴィクトリア リゾットの場合は赤エビを使う。仕上げにも生の赤エビを乗せ、トリュフで飾る。
YouTubeの中でデルフリンガー氏が語っていることは、
「夕食の終わりに、晩餐会主権者が私にホールまで来るようにと呼んだので、 私は何か悪いことでもしたか、料理がお口に合わなかったか、このままイタリアに送り返されると確信し、心の準備ができていました。」と、デルフリンガー氏は当時の状況と心境を振り返って語っている。
覚悟していた最悪の展開ではなく、エリザベス女王は、来賓客皆の前で、料理が素晴らしかったと褒め称えてくれ、私にプレゼントとして何が欲しいかと尋ねてきたという。
何が欲しいかと女王に聞かれ、絵画?馬?船?...。欲しいものは何だと突然聞かれても何も思いつかなくて、とっさに「リゾットを料理するのに使ったこの鍋をいただけませんか?」と、女王陛下に応えた。
それはデルフリンガー氏のシェフ人生の中で、最も美しく貴重な思い出である語っている。
そんなささやかで謙虚な褒美をお願いしたデルフリンガー氏の真面目な人柄も窺えるが、実はその鍋は、エリザベス2世の高祖母にあたるヴィクトリア女王のものだ。
正確には、ヴィクトリア女王に仕えた料理人がその時代に使っていたアンティークな鍋で、ヴィクトリアンの紋章が鍋には刻まれている。
英国王室の専属シェフたちが着ている制服の胸にもヴィクトリアン紋章の刺繍が施されているそうだ。
ヴィクトリア女王もまた1837年に18歳で即位してから1901年に亡くなるまで、63年間の長きに渡って英国王として在位した。
その時代に「女王の料理番」が使っていた仕事道具を継承したデルフリンガー氏にとって、その鍋は家宝のようなものであろう。
後に、アメリカで大統領の専属シェフにならないかとスカウトされている。
英国王室での契約後、ホワイトハウスで働くことになった。
年月はあっという間に過ぎ、 長男ウィリアム王子と次男ヘンリー王子、二人の小さな王子達に仕える中で、デルフリンガー氏は、英国のタブロイド紙にも登場。庭で本当にただボールで遊んでいただけだが、"小さなウィリアムを叱っている見知らぬあの謎の男は誰だ?"と、話題にもなったと シェフは微笑みながら語った。
幼いウィリアム王子は、母親のダイアナ妃に、デルフリンガーシェフが作ったものを学校に持っていきたいと、お弁当のリクエストを許可して欲しい旨を書いた文と可愛らしいイラストが描かれたメモ紙もデルフリンガー氏にとっては大事な宝物だ。
そして、この度、イギリスの新国王に即位されたチャールズ国王とも小さな約束をしたと言う。
「私が王になったら、宮廷でまたあなたに会いたい」と仰られたと。
デルフリンガー氏は、「30年以上が経過したし、それが本当に実現するかどうかは誰にもわからないが、チャールズ3世新国王は素晴らしい君主になると信じている。」と言い、現在の心境は、やはりエリザベス女王の死に対する悲しみを隠すことはできない。女王はすべての人にとっての模範だった。世界中を飛び回っていて多忙中だが、エリザベス女王の葬式には必ず出席すると言い、締め括った。
---fadeinPager---
王室を出たその後
シェフのエンリコ・デルフリンガー氏は、イギリス王室で働いたその後、米国のホワイトハウスでも働いた。
ホワイトハウスで働くようになったきっかけについては、1989年12月、バッキンガム宮殿で、米大統領ロナルド・レーガンとソビエト連邦大統領ミハイル・ゴルバチョフとの公式晩餐会が行われた時のこと、当時のアメリカ大統領だったレーガン、とブッシュ元副大統領から、料理を絶賛してもらい高い評価をもらってスカウトをされたそうだ。当初は半年でいいからホワイトハウスで料理を作ってくれという頼みだったので引き受けたが、結局2年勤務していた。
そして、なんと日本にも8年間滞在していた経歴を持つ。アルマーニ / リストランテ銀座で料理顧問を務めた。
彼は、ヨーロッパで最も重要なシェフを集めた EU 公認の協会であるユーロ トック インターナショナルの会長でもある。
---fadeinPager---
サミット晩餐会
1991年7月15日~17日、ロンドン・サミット (第17回) 会場はランカスター・ハウスで開催された。
会議終了直後にG7首脳とゴルバチョフ・ソ連大統領との会合が行われた。
エリザベス女王主催の晩餐会でもディナーを担当している。
世界の首脳たちに、クイーン ヴィクトリア リゾットを振る舞ったのかどうかは分からないが、筆者は当時サミットに出席していた首脳陣を眺めていて、ふとあることに気づいた。
エンリコ・デルフリンガー シェフが作った料理を1度でも食べたことのある人たちに共通していることがある。
・第40代米大統領ロナルド・ウィルソン・レーガン(享年93)
・第41代米大統領ジョージ・H・W・ブッシュ (享年94)
・元ソビエト連邦大統領ミハイル・ゴルバチョフ(享年91)
・海部俊樹元首相(享年91)
・ジュリオ・アンドレオッティ元イタリア首相(享年94)
そして、元イギリス連邦王国の女王 エリザベス2世(享年96)
そう、亡くなられた年齢だ。
単なる偶然かもしれないが、90歳の卒寿を越えて天寿を全うされている方が多い。
死ぬ前に一度、この「クイーン ヴィクトリア リゾット 〜海老のビスクリゾット トリュフを添えて〜」を食べてみたいものだ。
ヴィズマーラ恵子
イタリア・ミラノ郊外在住。イタリア抹茶ストアと日本茶舗を経営・代表取締役社長。和⇄伊語逐次通訳・翻訳・コーディネータガイド。福岡県出身。中学校美術科教師を経て2000年に渡伊。フィレンツェ留学後ミラノに移住。イタリアの最新ニュースを斜め読みし、在住邦人の目線で現地から生の声を綴る。
Twitter:@vismoglie
※この記事はニューズウィーク日本版からの転載記事です。