男性が女性の服を着たり、女性が男性の服を着るなど、身にまとう衣服によって性の境界を越えようとする異性装。近年、多様な性について認め合おうとする動きが強まり、ファッションにおいてもジェンダーレスな服が流行。またクロスドレッサーとして、生物学的な性別と異なる衣服を身につける人に対しても理解が進んでいる。しかし男らしさ、女らしさという価値観が残っているように、依然として人間を性別によって区分する考えが根強いのも事実だ。そもそも異性装という言葉自体も、性の二項対立を前提としている。
渋谷区立松濤美術館で開催中の『装いの力―異性装の日本史』では、日本の古代から現代までの異性装の歴史を、絵画や衣装、写真、映像、漫画といった作品を通して紹介している。はじまりは奈良時代に編纂された古事記だ。九州討伐を命じられたヤマトタケルは、髪をおろし、女性の衣服を身にまとうことで、警備の厳しい熊襲兄弟の宴に潜入し、気を許した隙をついて討伐に成功する。そして平安時代や室町時代に成立した物語や御伽草子にも異性装の人物がたびたび登場。鎌倉時代の『石山寺縁起絵巻』にも女装した稚児が見られるなど、古くから異性装の文化が存在していたことが分かる。
江戸時代においても男性の役者が女役をこなす野郎歌舞伎や、曲亭馬琴による『南総里見八犬伝』 といった読み物にも異性装が見られる。また祭礼でも男装の女芸者などが現れるが、明治時代に入ると一転し、異性装は西洋諸国に対して恥ずべき習慣と考えられるようになる。さらに違式詿違条例(いしきかいいじょうれい) が制定されると異性装そのものも禁止され、違反者が摘発されるなど刑罰の対象となった。同条例は8年間にて廃止されるが、新聞や雑誌の言説や、異性装を精神疾患とみなす当時の誤った西欧精神医学の導入などにより、 異性装を忌避する感情が一般化していく。ただそれでも少女歌劇の男役といった芸能における異性装の需要は失われなかった。
ラストは現代における異性装だ。舞台芸術から漫画、映画などに現れる異性装のキャラクターだけでなく、映画女優に扮した森村泰昌のセルフポートレートや、ダムタイプのパフォーマンス映像といった現代アートも紹介される。そしてダムタイプのメンバーの1人であり、グロリアスとして活動した古橋悌二が、DJ Lala(山中透)とシモーヌ深雪とともにはじめた“DIAMONDS ARE FOREVER”のメンバーによるインスタレーションも見どころだ。歌って踊るドラァグクイーンたちが古いジェンダー観の残る地球を捨て、宇宙へと自由に羽ばたいていく。教義上においてもタブーだった西洋とは異なり、日本における異性装の文化は意外にも多様だ。『装いの力―異性装の日本史』にて人々の生活と異性装の関わりを知りつつ、ジェンダーやセクシュアリティの問題を踏まえながら、その未来のあり方を考えていきたい。
『装いの力―異性装の日本史』
開催期間:2022年9月3日(土)~10月30日(日)
※前期:9月3日(土)~10月2日(日) 、後期:10月4日(火)~10月30日(日)
開催場所:渋谷区立松濤美術館
東京都渋谷区松濤2-14-14
TEL:03-3465-9421
開館時間:10時~18時(毎週金曜日は夜8時まで開館) ※入場は閉館の30分前まで。
休館日:月(ただし9月19日、10月10日は除く)、9月20日、10月11日。
入場料:一般¥1,000(税込)
※土・日曜日、祝日・最終週はオンラインでの日時指定予約制
https://shoto-museum.jp