赤井英和といえば、どういうイメージをお持ちだろうか。バラエティー番組で人気のお茶目なおじさん、味のある俳優、または「赤井英和の嫁・佳子」さんのTwitterで見せる面白くも憎めないキャラクター。
1992年生まれの筆者にとっても、「面白くて人懐っこい笑顔のおじさん」というイメージだった。彼が元プロボクサーだということは知っていても、試合は見たことがなかった。
そんな筆者にとって、ドキュメンタリー映画『AKAI』は新鮮な驚きだった。
本作は、赤井英和の現役ボクサー時代の軌跡をたどるドキュメンタリー映画だ。赤井の俳優デビュー作『どついたるねん』(1989年)の阪本順治監督の全面協力のもと、現役プロボクサーでありながら、アメリカで映像を学んだ赤井英和の息子・赤井英五郎が監督を務めた。
赤井英和がボクサーとして活躍していた時代の映像。大阪市西成区の通天閣周辺、最も「大阪らしい」場所をロードワークで走る青年がいる。目つきは鋭く、パンチパーマ、口元にヒゲを生やし、口を開けば大阪弁でシャレを飛ばす。そんな大阪の「兄(あん)ちゃん」が、本作の赤井英和だ。現在の好々爺然とした赤井さんとは全く違う。闘う男の目をしている。
赤井英和は快進撃を続ける。ガードはあまり高くせず、ひたすら相手をどつく。どつき倒す。鋭いパンチが相手をリングに沈める。デビュー12連続KO《試合時間計72分》は日本タイ記録だ。「浪速のロッキー」のあだ名にふさわしい活躍だった。
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だが、人生はそんなにうまくいかない。いい時もあれば、悪い時もある。
そもそも、本家の映画『ロッキー』(1976年)の主人公はマフィアの用心棒をしながら賭けボクシングに興じるような「負け犬」ボクサー。それがとあるきっかけで世界戦のチャンスが舞い込み、一念発起をしてトレーニングに励む物語だった。しかし、ロッキーは世界戦で12ラウンドを戦い、負ける。負けて試合が終わるのだが、最後まで闘い続けたロッキーの姿が感動を呼び、映画は世界中で記録的なヒットを打ち立てた。アカデミー作品賞も受賞した。それは、主演・脚本を務めたシルベスター・スタローン自身の大逆転劇でもあった。
本家の『ロッキー』が「負ける物語」であるのだから、ドキュメンタリー映画『AKAI』の赤井英和もやはり、負けるのである。
1985年2月、大和田正春戦。かつてのような鋭いパンチは影を潜め、赤井英和はいかにも弱々しくリングに倒れる。第7ラウンドで強烈なパンチをくらい、KO負け。
起き上がれず、担架で運ばれる赤井英和。大阪市富永病院で急性硬膜下血腫、脳挫傷と診断され、緊急の開頭手術を受けた。生死の境をさまようが、奇跡的な回復を見せ、一命を取りとめる。
ボクサー時代の鋭い眼光から一転して、病院にいる赤井英和はなんとも痛ましい。弱々しい笑顔が印象的だ。ボクサーを辞めて将来は何をしようかと迷う赤井の目は、光を失っているようだ。我々の知っている、いつも機嫌が良くギャグを飛ばすタレント・俳優の赤井英和とは違う。
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失意の赤井英和を救ったのは何だったのだろうか。
それは、映画だった。阪本順治監督のデビュー作、『どついたるねん』(1989年)。赤井英和の自伝をもとにした映画で、俳優・赤井英和のデビュー作。ブルーリボン賞を受賞したヒット作だ。
劇中では『どついたるねん』の映像も使用され、俳優・赤井英和の奮闘を見ることができる。本家『ロッキー』とも重なり、赤井英和自身が映画に救われたのだとわかる。
テーマ曲はSHINGO★西成の「独立記念日」。エンディングでは赤井英和のお茶目な姿と、SHINGO★西成のラップが調和する。
「こぶしをガマンできる強さ… 生き抜くためには必要さ」
「変わりたいなら変われるさ! 這い上がれるさ でも甘えるな!」
人生にはいいときもあれば、悪いときもある。でも、人生は長い。つらいことがあっても、機嫌よく過ごしていたら、何かいいことがあるかもしれない。映画『AKAI』は「赤井英和」という男の人生を通して高らかに歌われた「人間讃歌」のドキュメンタリーだった。
『AKAI』
編集・監督/赤井英五郎
出演/赤井英和
2022年 日本映画 88分 9月9日より新宿ピカデリーほか全国公開。
https://gaga.ne.jp/akai_movie/