日本人デザイナーの活躍で生まれた、シトロエン久しぶりの高級モデル「C5X」

  • 文:小川フミオ
  • 写真:Stellantisジャパン
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8月末に東京都現代美術館(MOT)で開かれた発表会での柳沢知恵さんとシトロエンC5X

シトロエンは日本でも熱心なファンをもつフランスの自動車ブランド。1980年代ごろまでは、シトロエンのプロダクトを語るさい「Idiosyncratic(独善的)」などという形容詞も使われることがあった。最新のプロダクト「C5X(シーファイブエックス)」も、いい意味で個性が際立っている。

C5Xは、シトロエンのラインアップの頂点に立つモデル。全長4805ミリのボディに2785ミリと長めのホイールベースの組合せ。室内は広く、後席を含めて居心地がいい。

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日本では2022年10月1日より発売される

なかでもC5Xに独特の雰囲気を与えているのがインテリアだ。重厚にならず、ファブリックとレザーをうまく使いわけて質感を高めている。ほかでは手に入らない独自の世界観が魅力的だ。

インテリアをはじめ、このクルマのカラーとマテリアルを担当したのが日本人デザイナー、柳沢知恵さん。2015年にシトロエンのデザインセンターに入り、グローバルマーケットに投入されるこのC5Xを担当してきた。

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柳沢知恵さんは、筑波大学大学院芸術研究科終了後、日産自動車デザイン本部に勤務し、ルノーへの
赴任を経て、2015年より現職に

デザイナーといっても、通常、4つの仕事に分類される。エクステリア、インテリア、ユーザーインターフェイス、そしてカラー&マテリアル。柳沢さんはカラー&マテリアル部門でプロジェクトマネージャーを務めている。

「キャリアのスタートは日産自動車です。カラーとマテリアルを手がけていました。途中、パリ郊外のルノー・デザインセンターに出向になったあと、日本で日産やインフィニティのブランドを担当していました」

そのころ、シトロエンから、のちにC5Xと呼ばれるフラグシップのカラーとマテリアルをまとめられるデザイナーとして誘いがかかる。

「シトロエンはC4カクタス(2014年)の内外装のデザインのおもしろさで興味を惹かれていたブランドだったので、お誘いを受けて、フランス行きを決意しました」

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シトロエンC4カクタス(2014年)はドアにボディを傷つけないよう「エアバンプ」をつけるというユニークなデザインで、ユニークな色づかいの内装とともに話題を呼んだ

カラー&マテリアルというと、聞きおぼえのない仕事かもしれない。実際は、ダッシュボード、ドアやシーリングの内張りなどいわゆる内装の質感などを手がけ、外装色やトリム素材の選定まで担当することも。ユーザーの嗜好と強い関係性をもつ仕事だ。

柳沢さんはカラー&マテリアルでやっていることを「クルマに雰囲気を与える仕事」と定義。クルマの場合、エクステリアやインテリアのデザイン部門から形状データを受け取ったあと、そのモデルにふさわしい世界観を、色や素材でつくりあげていく。

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C5Xの日本での発表会会場では、シートをふくめ内装素材が展示された

C5Xのインテリアは、基本的にグレーが支配的な色調で、フラグシップだけあって、落ち着きを感じさせる。

「もっとも上質なシトロエンとはなんだろう、って自分に問いかけながら、内装を仕上げていきました。そもそもC5Xにおけるもっとも重要なテーマが、コンフォート。シトロエン車の伝統的な価値です。他のシトロエン車とは少し差別化しカラフルでなく、落ち着いた雰囲気を重視ししまっした。そこに、ぱっと見ではわからないようなつくりこみを加えていきました」

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肩の部分が色ちがいになっているうえ、複雑な模様が入れられたシート

特徴的なのは、シートのデザインだ。座面を含めて全体は「ノワールミストラル」と名づけられたダークグレーであり、ヘッドレストレイントと肩の部分だけ「グリ・アダマンティウム」と呼ばれるベージュが入ったライトグレーのファブリックなのだ。

加えて、「グリエッフェル」という色の帯がバックレストにアクセントとして入る。感心するのは、クローズアップでシートを眺めたとき。シトロエンのシンボルマークがモチーフになっている。

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ギアの歯車をモチーフにしたシトロエンのエンブレム(写真は1960年代のDS21のもの)

それは Le Double Chevron(ドゥブルシェブロン)と呼ばれる、山形のギアで、シトロエンのエンブレムに使われているあの”2つの山型”だ。そもそもは、創始者アンドレ・シトロエンが所有していたギア工場から生まれたモチーフ。

自動車メーカーとしてシトロエンを創業した際も、一時期このギアのモチーフを使っていた。そして現在では、シトロエンの社章として定着した。

柳沢さんに指摘されるまで、うっかりすると、たんに複雑できれいな模様だなという感想でやりすごしてしまいそうなC5Xのシートファブリックのパターン。確かに山形ギアカタチが使われている。

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C5Xのシートには、さまざまなカタチでドゥブルシェブロンのパターンが用いられている

背中から腰の部分のクッションは大きなパターンがモザイクのように組み合わされている。ここには背中がむれないよう通気孔がある。山形ギアのパターンはこのの穴で表現されているのだ。

「立体的なクッションの造型を最初から考慮に入れて、柄が変形して見えないようなパターンをつくりました」と柳沢さん。

肩の部分には、よりわかりやすいギアをモチーフにした白色系のステッチ。目を凝らすとなるほどと感心。さらに幅5センチほどの帯状のアクセントも、織り込んだジャガード織りのようで、それも細かいギアをモチーフにしているのだそう。

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C5Xの発表会が行われた東京都現代美術館において来場者にマテリアルの説明をする柳沢さん

もうひとつ、インテリアで感心させられるのは触感だ。上記のシートはレザー部分はしっとりした手ざわり。帯は布のような気持ちのよさで、「シトロエンのデザイナーはみな家具が好きです」という柳沢さんの言葉に納得させられる。

「C5Xはあらゆるところに凝って、他社に出来ないものをつくろうという意気込みをもって開発されました。インテリアも、だから、ここまで細かく仕上げてます」

C5Xを開発しているとき、社内で共有していたのは「Be Unique(個性的であれ)」なるスローガンだったと柳沢さんは教えてくれた。なににも似ていないことを是とするということだ。

冒頭に掲げたイディオシンクラシーという言葉が的を射ているかどうかはともかく、「万人ウケしなくてもいい。他社がやれないこともやれるブランドなんだと分かってもらいたい、といいうのがポリシーでした」と語る。昔からのシトロエンファンなら、思わず膝を叩くかもしれない。

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車名にある「C」と「X」は74年発表の「CX」(CXは空気抵抗値Coefficient x)とのつながりを感じさせる

シトロエンC5Xは、2022年10月1日から日本発売される。セダン、ステーションワゴン、SUVの強みを組み合わせたボディを、ブランドでは特徴に挙げる。

ボディスタイルは、ハッチゲートをそなえたファストバック。ルーフ後端からテールエンドに輪郭がつながる真横からの眺めは、DS(55年)以来、CX(74年)、XM(89年)、C6(05年)と、シトロエンの旗艦に連綿と採用されてきたモチーフだ。

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クルマは機能的であってナンボとばかり、最上級車にも実用性をそなえたファストバックボディを採用するのがシトロエン流

日本では、まず1.6リッターの「C5X SHINE」と「C5X SHINE PACK」が登場し、追って「C5X プラグインハイブリッド」が導入される。

1.6リッターガソリンエンジンで前輪駆動、C5X SHINE PACKに乗ると、快適さが強く印象に残る。C5エアクロスなるSUVでも、路面の凹凸をふわりと乗りこえる、ネコのような身のこなしに驚かされたものだが、C5Xでも同様の気持ちよさが実現されているのだ。

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副室をもつダンパーを採用したサスペンションシステムの恩恵で乗り心地はとてもよいうえにコーナリング性能も高い

前席も後席も、静粛性が高いうえに、まるで魔法のじゅうたんに乗ったような乗り心地が味わえる。スタイリングはフロントマスクを含めてちょっとアグレッシブすぎるきらいもあるけれど、乗り味は、昔のジャガーのXJ6セダンのようで、私はいたく感心した。

ボディサイズに対して1.6リッターの排気量だと力不足ではないかというのも杞憂。最高出力133kW(180ps)の最高出力と、250Nmの最大トルクという数値から想像する以上に力強い。

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のちにプラグインハイブリッドモデルも登場するが、長距離主体の使い方ならガソリン車を選んだほうが使いやすいかも

発進といい、高速での追い越しといい、かったるく思える場面は体験しなかった。ステアリングホイールも、ドライバーとクルマとの一体感を感じさせてくれ、このクルマは病みつきになりそうだ。