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中野信子が読み解く、現代社会を予言したアンディ・ウォーホルの“意味深”な言葉たち

  • 構成:久保寺潤子
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複製芸術やSNS、アートビジネスなど、現代を予見するような言葉を数多く残したウォーホル。「アートは脳のフィルターを取り外すための装置」と語る脳科学者の中野信子が、ウォーホルの言葉を分析する。

Andy Warhol’s pop words

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photo: istock

“まったく同じことを何度も何度も繰り返すのっていいね。”

“なんでオリジナルでなくちゃいけないの? 他の人と同じじゃいけないのかい?”

“有名になるなんてそんなに大したことじゃない。有名人じゃなかったら、僕がアンディ・ウォーホルだからって理由で、銃で撃たれるなんてことはなかっただろうし。”

“ポップアートはみんなのものだ。”

“僕の絵は全然手がかからないんだ。僕の助手だって、それこそ誰だって、僕が描いたのと同じデザインを再生産できるんだ。”

“アンディ・ウォーホルって人間について知りたいと思ったら、僕の映画や絵をただ、表面的に見てくれればいい。そこに僕がいるから。裏にはなにもないんだ。”

“誰かが僕の作品のニセモノをつくっても、僕にはニセモノだってわからないだろうな。”

“誰もが15分間なら有名になれる、いずれそんな時代がくるだろう。”

“ビジネスで成功するっていうのは、なにより魅力的な芸術だと思うね。”

“アメリカという国は、どんな人でも、どんなものでもヒーローに仕立て上げようとする。これは素晴らしいことだよ。”

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photo: istock

ウォーホルはアメリカの消費文化をファインアートの俎上に載せるのに一役買った人だと思います。自分の作品のニセモノが出てきても「本物と区別がつかない」「唯一無二の芸術などない」と公言。オリジナル作品は「アウラ」をもつとしたヴァルター・ベンヤミンの言説に真向から異を唱える大胆な問題提起をした。そして、ニセモノと区別がつかないと自分で言い切っているその作品に、あえて値段をつけて特別なものとして売ったというところが彼の天才たる所以です。社会的な出来事を大衆に発信しながら、消費文化やキャピタリズムを批評するような作品を意図せずにつくっている。コンテンポラリーアートでいうところの「社会実装」の先駆です。

画面の構成力は抜群で、それが作品に説得力をもたせています。正方形に切り取る手法も、SNS社会を暗示しているようで現代的。セレブもお金も大好きと言ってはばからなかったのは、アメリカンドリームの肯定、日本的に言うと「業ごうの肯定」です。「欲を肯定するのって格好いいんじゃない?」と、自ら率先してそのようにふるまい、注目も浴びた。また、パーティが好きだったのは、自分を誰かに肯定してもらわないと不安だったからかもしれません。だからこそ、人一倍お金と名声を求めたのではないでしょうか。

“アート=ビジネス”という発言は、アメリカ社会の近未来を見事に予言したものです。工業・科学技術大国だったアメリカも、いまは金融の国。アートは実質、金融商品として扱われ、投資の対象にもなっています。現代は単純労働が大金を生む時代ではありえない。価値をどう生み出すかが重要です。価値観が大きく動く時代は、金銭への姿勢も変わる。アートはこれを鋭敏に反映すると、ウォーホルは喝破しているのです。

「誰もが15分間なら有名になれる」という言葉はマスメディアを想定して語られたものです。自らも銃撃されています。有名であることの対価を、時代の軋みとしての銃撃という形で受けた。

その後SNS社会が到来し、彼が言い当てたように、本当に15分間で誰もが有名になれる時代になりました。承認欲求の発露として有名になることを無条件に嫌悪する人は多いですが、そもそも欲望は生きる根源です。なければ死んでしまう。コントロールが難しいから抑制せよと教えられる。欲望は滅するのではなく、適切に使うことが重要です。人間が欲望を適切に扱うガイドラインは、かつて宗教や科学が提供してきました。両者が力を失いつつあるいま、アートがその役割を果たすべき時。私たちは脳というフィルターを通して世界を見ています。そのフィルターは周りの状況によってつくられていて普段はそれに無頓着ですが、アートを観ることで、そのフィルターに疑義を呈することができるようになる。これが「知性」です。ウォーホルは、私たちに備わっている「知性」を掘り起こす重要な作品を多数、残しました。その輝きはいまもなお失われていません。

中野信子

東京大学大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。京都芸術大学客員教授。脳や心理学をテーマに研究や執筆を行う。科学の視点から人間社会で起こりうる現象、人物の読み解きに定評がある。現代アートにも造詣が深く2022年7月より森美術館理事に就任した。

『とらわれない言葉』アンディ・ウォーホル著(青志社)より。

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※この記事はPen 2022年10月号「知らなかった、アンディ・ウォーホル」より再編集した記事です。

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