シャンパーニュ、カヴァと並び称されるスパークリングワインの名産地が、イタリア北部に位置するフランチャコルタだ。前者ふたつに比べ後発となるフランチャコルタの生産者たちは、あえて厳しい条件を自分たちに課し、自然派を志向した高品質なワインを生み出している。現地のワイナリーを訪れ、香り高く味わい深い泡がどのように育まれているのかを追った。
ミラノ、マルペンサ空港から車で東へ進んでいくと、イタリアでも有数の工業地帯が広がる。車窓からは大小さまざまな工場が見え、ハイウェイではヨーロッパ中から集まったトラックが行き交う。この道を行くこと1時間あまり、山の裾野にたどり着くと、工場地から一変、ブドウ畑が広がる緑の多い風景が現れる。
フランチャコルタは、スイス国境にほど近いイゼオ湖の南側に位置する。湖の向こうにはアルプス山脈を望み、イタリアならではの眩い日光に照らされた美しい光景が広がる。
しかしこの地域の歴史は、景観とは裏腹に厳しいものだった。氷河に由来する石灰質の礫が堆積した土壌では、小麦をはじめ、水を大量に必要とする農作物が育たない。13世紀、ヴェネツィア共和国に統治されていたこの土地は、その貧しさによって、地域を管轄する教会から「免税地区(Corti Franche)」に認定されたという。その呼称が時代を経て、フランチャコルタ(Franciacorta)という地名に変化していった。
ブドウは水を求めて根を深く張るため、礫質の土地とも相性がよい。また、この土地ではサングラスが欠かせないほどの日光で夏の日中は30度を超え、夜にはアルプス山脈から湖面へと下る冷気によって上着が必要なほどの気温差が生じる。この寒暖差によって、フランチャコルタのブドウは酸が穏やかで糖度も十分な果実へと成長を遂げる。同地では農作物があまり育たない代わりに、古くから良質なワインを醸す文化が育まれていった。
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自然派農法を牽引した「バローネ・ピッツィーニ」
フランチャコルタの地名を冠したスパークリングワインの醸造が始まったのは1961年。シャンパーニュの歴史が300年以上になるのに、フランチャコルタは発足して50年ほどだ。後発となる同地の生産者たちは、あえて厳しい条件を課すことで、スパークリングワインの高品質化を目指した。
熟成期間は最低18カ月間。これはシャンパーニュよりも2カ月長い規定となる。使用できるブドウ品種を絞り込み、手摘みによる収穫のみを認める。現在ではフランチャコルタ地域の2/3ものブドウ畑が有機栽培に取り組んでいる。
自然派農法の技術を牽引してきたのが、「バローネ・ピッツィーニ」オーナーにしてフランチャコルタ協会の現会長を務めるシルヴァーノ・ブレッシャニーニだ。
「バローネ・ピッツィーニ」は1870年からロンバルディア州でワインを作り続けてきた名門ワインメーカー。「バローネ」の呼称通り、ピッツィーニ男爵家が代々受け継いできたワイナリーだったが1992年、ジュリオ・ピッツィーニ男爵の高齢を理由に、地元出身の3人の共同経営者が引き継ぐことに。それまで二つ星レストランに勤務していたブレッシャニーニが代表を務めることになった。自然派農法は1998年から始めたという。
「それまで殺虫剤や除草剤を使用した効率的なブドウ栽培をしていたんですが、これがブドウや土地にいいことだとは全く思えなかったんです。他のふたりの経営者も同意見でした」
しかし当時、サステイナブルな農法など誰もわからなかった。彼らは手探りで、殺虫剤や除草剤の使用を止めるところから始めていった。
「大学にも協力してもらい、自然に土壌を活性化させる方法を編み出していったんです」
2001年には所有するすべての畑が有機認証され、他の生産者たちも後に続いていったという。
バローネ・ピッツィーニの畑では、完全有機栽培を実施している。畑の下草は刈りとらず、さまざまな植物や昆虫が行き交う多様性を保つ。驚いたのは、どんなに雨が降らなくても、人の手で水を与えたりはしないことだ。
「普通、水不足の植物は葉が全体的に黄色くなって枯れてしまいます。しかしブドウはしっかりと根を張って地下深くの水を吸うので、乾燥に強いのです。当然、そこまで根を深く張るのには時間がかかります。ブドウ生産、ワイン造りというのは、一朝一夕にできるものではないのです」
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「いつだれが来ても、すべてお見せします。大事なのは透明性です」
ワイナリーの施設も2007年、地元の石材と木材を使い、環境負荷の少ないものに建て替えた。6月に訪れた時は、ソーラーパネルを設置する作業が行われていた。これによって、施設内のエネルギーはすべて自家発電で賄えるようになるのだという。「いつ、どなたがいらっしゃっても、私たちは歓迎します。全ての作業を隠すことなくお見せできますよ。大事なのは透明性です」
そう語るブレッシャニーニの言葉は自信に満ちている。
8月に収穫されたブドウは、一番搾り、二番絞り、三番絞り…と段階を分けて圧搾されて行く。バローネ・ピッツィーニでは畑ごとに、絞ったブドウの汁をステンレスタンクと樽に入れ、酵母を加え、一次発酵させてベースとなるワインを作っていく。
一次発酵が終わったワインは、瓶詰めされてさらに酵母とショ糖を加え、二次発酵が行われる。この二次発酵の作用により、ワインはシュワシュワとした発泡性を持つフランチャコルタへと変貌していく。バローネ・ピッツィーニでは、地下深くにある回廊のような貯蔵庫で、うず高く積まれた二次発酵中の瓶が、静かに出荷を待っていた。
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「名門」が醸す、新たな味わい
試飲した中でも印象的だったのが、シャルドネ100%で作られた「ゴルフ」と、古代品種エルバマットを使用した「アニマンテ」だ。
ゴルフ、というからさぞやしっかりとした味わいかと思っていたら、その爽やかさに驚かされた。シャルドネ100%でつくられた「ブラン・ド・ブラン」で、柑橘系のフレッシュな香りとデリケートな味わいに驚く。ラベルには1927という数字と、ゴルフをプレーする女性のシルエットが描かれている。このボトルは1927年、ピッツィーニ家にイタリアでも最初期にゴルフ場をオープンしたことを記念したもの。残っていた記録映像には、当時でも珍しいスカート姿でゴルフをプレーする女性が映っていたという。その先進性を称賛したようなこのボトルは、清々しい飲み心地を味わえる。
エルバマットは同地で500年前から自生していた品種ながら、酸が高く、糖度が低く、成熟させるのに時間を要するため、ワインには不向きと思われており、絶滅品種とまで言われていた。しかし近年の温暖化にも対抗できる強さを持った品種として注目が集まり、バローネ・ピッツィーニでは2008年から試験的に栽培を開始。17年にはフランチャコルタの使用品種として認定されたこともあり、2022年発売の「アニマンテ」には18年に収穫されたエルバマが5パーセント使用されている。有機栽培の開始から15年を記念し、同社が持つすべての畑のブドウを使用しているのが特徴。さらに、二次発酵後に発生する澱を引いた後、糖分を足さない辛口(ノン・ドザージュ)に仕上げ、酸化防止剤として使用される亜硫酸も無添加にした。
辛口できりっと引き締まった味わいの中にミネラル感があり、リンゴやアプリコットを感じさせる味わいの中にライムやバジルのような香りを感じる。柑橘やハーブ系の香りにはエルバマットの特長が現れているようだ。
「ドライでキレがよく、芯にはしっかりとした果実味。繊細な泡立ちに涼しげなミネラルは、まさにバローネ・ピッツィーニを体現した味わいです」と、ブレッシャニーニは太鼓判を押した。
バローネ・ピッツィーニ
Barone Pizzini
Via S. Carlo, 14, 25050 Provaglio D'Iseo BS, Italia
https://baronepizzini.it