2020年10月25日、東京国立近代美術館工芸館が石川県金沢市に移転開館し、翌年4月1日より、当初の通称であった国立工芸館が正式名称となった。金沢は多くの伝統工芸が育まれた地であり、政府が進める地方創生の一環に適した移転先だったといえるだろう。1977年の開館以来、前身である東京国立近代美術館工芸館ではコレクションが進められ、充実した所蔵作品展が開催されてきた。移転によりさらなる可能性を感じさせられる企画として、金沢21世紀美術館との初のコラボレーション展が実現した。9月11日まで金沢21世紀美術館で開催中の同展のテーマは、「『ひとがた』をめぐる造形」。同時開催されている2021年度収蔵作品の初お披露目『特別展示:オラファー・エリアソン』とあわせて取材した。
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等身大のひとがた彫刻を床に直に設置したい。
初コラボレーションのきっかけは、金沢21世紀美術館の長谷川祐子館長からの打診だった。ゲスト・キュレーターとして携わった国立工芸館館長の唐澤昌宏は次のように語る。
「長谷川館長から21世紀美術館と工芸館の所蔵作品を合わせた展示ができないでしょうかと、とてもありがたい話をいただきまして、私もずっと21世紀美術館さんのコレクションを見てきて共通のコレクションも知っていましたし、『ひとがた』というアイデアがすぐに頭に浮かびました」
唐澤の展示プランは、現代の若者像を着想の原点に、陶による表現で制作する北川宏人の作品から始まった。金沢21世紀美術館、国立工芸館のそれぞれが作品を所有する作家であり、「陶芸」なのか「彫刻」なのか、つまりは「工芸」なのか「芸術」なのか、という問いを投げかけられる作品こそがコラボレーション展にふさわしいと考えた。
「これまで私は、工芸の分野から美術を見てきました。工芸館のコレクションには陶芸や人形などがありますが、彫刻という分野はありません。しかし、北川さんの作品をご覧いただけば、それが彫刻なのか、人形なのか明確な答えはありませんし、素材や作品サイズによってどうくくられるのかに疑問も生まれるということをお見せしたかった。そして何よりも、金沢21世紀美術館の展示空間で、展示台ではなく、床に直接設置することでまさにそこに立っているような展示をしたいという強い思いもありました」
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モデルを使わず、スケッチもせずに造形に着手する。
金沢美術工芸大学彫刻科で学んだ北川宏人は、在学時代にはオーギュスト・ロダンやアリスティド・マイヨールという近代具象彫刻家、あるいはその影響を大きく受けた日本の近代彫刻家の表現をもとに教育を受けた。近代具象彫刻をベースに技術を学んだ一方、北川は作品集を眺めながらマリノ・マリーニやジュリアーノ・ヴァンジというイタリアの現代彫刻家の具象表現に惹かれ、卒業後にイタリアへの留学を決めた。アカデミア美術学院ミラノ校から1年で同院カラーラ校に移籍し、低温焼成した焼き物であるテラコッタの古典的技法を習得する。
「イタリアの大学では、イタリア人以外にもスイス、ドイツ、ベルギー、スペイン、フランス、アジアからも韓国や台湾など多様な国籍の学生が彫刻を学んでいました。そこで私は、自分が日本人であること、日本人のルーツとはどういうことなのか、というように日本を意識するようになりました。彫刻を学び始めた入口はロダンやマイヨールでしたが、日本で生まれてテレビや映画で特撮ドラマなどを見て、街では日々の生活のなかで同世代のファッションを目にしていたわけです。イタリアに行ったことは、自分の世界観をどう表現するか考えるきっかけとして大きかったです」
素材に関しては、もともと土を使いたいと思っていたわけではない。人物をモチーフにした具象彫刻の作品制作をするうえで、陶を用いて現代的な表現をしている作家はあまりおらず、しかも等身大となるとほとんどいない。大理石とブロンズが彫刻の最上位だとされる日本の近代彫刻的な価値観へのアンチテーゼも込められており、現代アートの世界で、従来の様々なヒエラルキーから解放された素材選びや表現が生まれていることも北川を後押しした。
「モデルは使いませんし、スケッチもしません。街で見たファッションであったりイメージはストックされているので、それをそのままコピーするのではなく、粘土で形を作りながら、服のイメージなども含めて細部を詰めていきます。近代具象彫刻の概念の中で誰かの真似をするのではなく、どのように現代という時代を表現できるのかが重要です。近代具象彫刻の世界に、自分が生まれ育った現代の日本を融合させられないかと考えたのです」
両館の収蔵品が展示室の床に立つ姿は、まさに唐澤館長が目指したジャンルや表現手法、素材など様々な境界を超えて「ひとがた」表現を楽しむことへと誘ってくれる。
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オラファー・エリアソンの作品に見るサステイナブルな実践。
「『ひとがた』をめぐる造形」展と共有チケットで、オラファー・エリアソンの『太陽の中心への探査』を収蔵後に初お披露目する特別展示も鑑賞することができる。2009年から2010年にかけて開館5周年記念展として『オラファー・エリアソン—あなたが出会うとき』が開催され、館外には『カラー・アクティヴィティ・ハウス』(2010年)が恒久設置されているなど、エリアソンは金沢21世紀美術館の歴史においても重要な作家だ。
暗幕を抜けて展示室に入ると、中央に吊るされたガラスの多面体から回転する光の動きが部屋を照らし出す。長谷川館長は次のように説明する。
「オラファーは自然と人間との関係に深い関心を持っており、光や霧という現象を使った作品で知られています。同時に、科学や心理学など多くの専門家集団と仕事をし、新しいテクノロジー、光学的な考えも取り入れて制作を行っています。今回お見せする『太陽の中心への探査』では、(強烈な光によって)中心の見えない太陽の非常に多様な輝きにどのようにしてアクセスするか、それをソーラーパネルというエコロジカルなエネルギーを用いて表現しています」
ガラスの多面体は固定されており、作品中心部の光源から突き出すアーム先端のライトが回転することによって光が動き、複数の色彩を帯びた光の面が部屋を照らし出す。太陽系の中心となる太陽とその周囲を公転する惑星の関係を想起させ、また、美術館中庭に設置されたソーラーパネルによって移ろい続ける光の景色が、持続可能性への希求を可視化しているようにも感じられる。しばらく空間に身を置き、無心になって光の運動を体験して欲しい作品だ。
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「『ひとがた』をめぐる造形」の展示を通して、金沢21世紀美術館と国立工芸館による美術と工芸の垣根を超えた今後の協働に期待を抱き、エリアソンの作品の幻想的な体験からは、地球環境の不可逆的な変化にどう向き合うべきか襟を正したくなる。金沢だからこそ可能なアート体験が金沢21世紀美術館で待っている。
金沢21世紀美術館と国立工芸館の
所蔵作品によるコラボレーション展
「ひとがた」をめぐる造形
開催期間:〜9月11日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館 展示室6
石川県金沢市広坂1-2-1
TEL:076-220-2800
開館時間:10時〜18時
※金・土曜日は20時まで
※鑑賞券販売は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、8月16日
※8月15日は開館
入場料:一般¥750
※『特別展示:オラファー・エリアソン』と共通
https://www.kanazawa21.jp
特別展示:オラファー・エリアソン
開催期間:〜9月11日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館 展示室14
石川県金沢市広坂1-2-1
TEL:076-220-2800
開館時間:10時〜18時
※金・土曜日は20時まで
※鑑賞券販売は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、8月16日
※8月15日は開館
入場料:一般¥750
※「『ひとがた』をめぐる造形」と共通