スタイルにおいても自身の美学を貫いた、ポップアートの旗手、アンディ・ウォーホル。彼の名を頂く靴があることをご存じだろうか?
靴を磨きなさい。そして自分を磨きなさい――。
フランスの至宝、靴の芸術品と称されるベルルッティの4代目、マダム・オルガ・ベルルッティの有名な言葉だ。そもそもベルルッティは、イタリア出身のアレッサンドロ・ベルルッティが1895年にパリで開いたビスポークの靴工房を始まりとする。1959年から工房に加わったマダム・オルガが完成させたのが、「パティーヌ」という手法だ。同メゾンの門外不出の素材、ヴェネチアレザーをキャンバスに見立て、グリーンやパープルなど紳士靴としては禁断の色を手作業で塗り込む革命的な手法である。冒頭の言葉は紳士のスタイルの神髄をも提示した名言だが、それが現実になったのが、「クラブスワン」と呼ばれる同メゾンのサロン。靴好きが集まり、極上のシャンパンで靴を磨く華麗な催しが現在も行われているという。
62年、彼女のもとにニューヨークからひとりのアーティストが訪れる。アンディ・ウォーホルだ。当時、マダム・オルガはボティエ(靴職人)としてのキャリアを歩み始めたばかりだったが、ウォーホルはすぐに彼女の卓越したセンスを見抜き、注文靴のデザインすべてを彼女に任せることにした。
1年後、完成したスーリエ(ベルルッティでは紳士靴をこう呼ぶ)は、使われているヴェネチアレザーに特徴があった。片足のアッパーに大きな筋が入っていたのだ。マダム・オルガは「このレザーは、有刺鉄線で身体を引っ掻くのが好きな“反抗的な牛”のものなの」とウォーホルに説明した。ウォーホルはマダム・オルガがデザインした靴を気に入り「これからは反抗的な牛の靴しか履かない」と答えたという逸話が残っている。
後年発売された「アンディ」は、この靴を原型とし、彼の名を冠したもの。メゾンのアイコンと呼ばれる人気の靴である。
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職人の技と先見性で、靴に革新をもたらす
アンディ・ウォーホルがオーダーしたビスポークの靴づくりは、現在もパリ本店近くにあるアトリエで行われている。一方、すぐに手に入るプレタポルテ、既製靴を製作するファクトリーは、北イタリアのフェラーラにある。フェラーラはルネサンス様式の建築物が数多く残り、世界遺産にも登録された都市として知られる。その街にベルルッティは自社ファクトリーを構え、メゾンの名を世界に知らしめた革靴から、鞄や革小物まで、同じ場所で生産している。
ここ数年、ベルルッティの靴ではスニーカーの充実ぶりが話題だが、もちろんそれも、この場所で製作されている。しかも革靴とほぼ同じ製法でつくられているというから驚くではないか。
デザインから型紙を起こすところは3Dによる最新のデジタル技術などが使われているが、ヴェネチアレザーに代表される高級レザーの裁断や、革を薄く漉くのもすべて手作業。スニーカーの場合、アッパーを構成するパーツ、部品も多く細かいので、ある意味革靴よりも手間がかかる。アッパーが縫い終わると、木型に入れて、「吊り込み」という作業を行い、機能性を備えたソールが付けられるが、これも職人が一足ずつ縫う。
しかしこれだけでは終わらないのがベルルッティの靴。今回紹介する新作スニーカー「プレイオフ」のように、アッパーに「パティーヌ」を施したモデルも多い。その場合、職人たちはヴェネチアレザーを使ったアッパーに、色を幾重にも塗り重ねて複雑な色を表現していく。マダム・オルガは月が皮革の脱色に与える影響からこの染色技法を考えたと言われるが、色の深み、コントラスト、透明感を備えた表情は芸術品と思えるほど。レザーの色みは使うほどに艶が増し、自分だけの色へと進化する。世に靴ブランドは数あるが、こんなスニーカーをつくれるのは、ベルルッティだけに違いない。
アートにもスタイルにも独自の美意識をもっていたウォーホルが生きていたら、このスニーカーをどう評し、どう履きこなしてくれるだろうか。そんな妄想を掻き立てるほど、ベルルッティの靴は“魔法”に満ちている。
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問い合わせ先/ベルルッティ・インフォメーション・デスク TEL:0120-203-718
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