近年、日本の西洋美術コレクションが海外で注目を集めている。日本のコレクターたちの厚き情熱と審美眼によって集められた美術品は、いま日本各地に貯蔵されている。海外の美術関係者たちが注視する質の高い名作絵画がどこに潜んでいるのか……。ウィルデンスタイン・プラットナー研究所で研究部門長として活躍する、パスカル・ペランのコメントを交えながら静岡県・伊東市にある池田20世紀美術館を訪れた。
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伊豆の伊東、一碧湖のほとりに立つ池田20世紀美術館。道路の舗装材を扱うニチレキの創立者、池田英一が、長年蒐集した美術品と土地・建物を寄付し、1975年に現代美術専門の美術館として開館した。20世紀に制作された絵画、彫刻で「人間」をテーマにした作品を中心に、約1400点を所蔵する。
展示館の建物は彫刻家の井上武吉の設計で、日本で初めてステンレス・スチールを張ったモダンな建築。館内には、ルノワールやマティス、シャガール、ピカソ、ムンク、ベーコンなど巨匠たちの作品がずらり。池田英一が系統立てて蒐集したものには、ピカソが100点、アンディ・ウォーホルの『マリリン・モンロー』のシリーズは10点もあり、プライベート美術館の凄みを改めて感じさせられる。
常設でこれらの作品に触れ、鑑賞することができるのが魅力だ。1階の展示室では、3カ月ごとに特別企画展を開催。こだわりのテーマによる展示も好評で、個性ある作品との出合いを楽しんでほしい。
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ピエール・ボナール『洪水の後』
壁一面を覆う大きな壁画は、パリのミシア・セール夫人のサロンに飾られていた4枚のひとつ。1906年に、夫人が親友のボナールに依頼したものだという。壁画の主題は、「牧歌的な地上の楽園で人間や動物たちの平和と幸福」。残りの3枚は、オルセー美術館に2枚、アメリカのサンタフェのギャラリーに収蔵されている。画面の中央に配された大樹林と周辺の沼や野にいる人物たちとの対比。風景をとりまくように縁どられた猿や鳥の群れ。不可思議な装飾的魅力にあふれる。
アンリ・マティス『ミモザ』
南仏ニースの花祭りで山車の通り道に咲くミモザの花。マティスはホテル・レジナの画室で、この花をテーマにした切り絵を制作。この作品はアメリカのアレキサンダー・スミス・カーペット社に依頼されたタペストリーの下絵だったそう。マティスは健康上の理由もあり、晩年は切り紙絵に専念。ペランは「彼はブラシを捨て、ハサミにした。彼の切り絵を見ていると、思わず笑みがこぼれます。シンプルな造形美で、きわめて高いレベルで表現されている」とコメント。
ピエール・オーギュスト・ルノワール『半裸の少女』
池田英一が初期に購入している作品。ルノワールの作品としては晩年のもの。ルノワールは1898年頃からリューマチの徴候があらわれ、1905年には南仏のカーニュに移り住み、療養していた。12年、腕や足に麻痺が起こり、車椅子を使い、指に絵筆を結んでカンヴァスに向かっていた。こういう時期の作品にもかかわらず、この少女の裸婦像は明るさを増し、優しさに満ち、やわらかい肉付け、豊かな量感がある。ルノワールは健康の美、生命の躍動、生きる喜びを絵のなかに託している。
池田20世紀美術館
場所:静岡県伊東市十足614
TEL:0557-45-2211
開館時間: 9時〜17時
休館日: 水(祝日は開館) 7月・8月・年末年始は無休
料金: 一般¥1,000
https://ikeda20.or.jp/
※休館日、開館時間、展示される作品は変更の可能性があります。訪問する場合は事前に公式サイトなどでご確認ください。
※この記事はPen 2022年9月号「レンジローバーで走れ!」の第2特集「日本で見る西洋絵画の名作」より再編集した記事です。