今月のおすすめ映画①『プアン/友だちと呼ばせて』
ウォン・カーウァイが惚れ込んだ才能が描く、別れと始まりの物語
格差社会に鋭く切り込む青春サスペンス『バッド・ジーニアス 危険な天才たち』でその名を知られることになったバズ・プーンピリヤ監督。タイが生んだ才能に魅了されたのは、世界中の観客だけではなかったようだ。『恋する惑星』などで香港映画のイメージを塗り替えたウォン・カーウァイが彼の世界観に惚れ込み、ともに映画をつくろうと、製作総指揮として名乗りを上げたのだという。監督は、「アイドルのような存在の監督に声をかけられたことが、信じられなかった」と振り返る。
---fadeinPager---
「カーウァイ監督の作品が特別なのは、ポップソングのような影響力をもっているところだと思います。監督は人生のある瞬間のフィーリングを捉えて、映像に焼き付ける。だから10年前に好きだった曲を聴くと当時のことを思い出すのと同じことが、監督の作品では起こります。そんなスタンスも取り入れたいと思いました」
ともにアイデアを練り、着地点を探すうちに「自分自身を投影したストーリーにしたほうがいい」というアドバイスを受けた監督は、死にゆく男がかつての恋人たちに感謝を伝えに行く、別れと始まりの物語を思いついた。白血病で余命わずかな友だち、ウードからの連絡を受けたニューヨークに住む男が、故郷のタイへ。車に乗り込んだふたりはタイの街をめぐり、ウードの恋人たちに出会い直していく。タイの街並みを彩るのは、カセットテープ、ヴィンテージのBMW、カクテルといったノスタルジックなアイテムだ。人と街との分かちがたい関係を魅惑的に切り取る視点もまた、カーウァイの遺伝子を感じさせるものかもしれない。ウードが長い間、連絡をとっていなかったプアン(タイ語で友だち)を呼び寄せた本当の理由はなんなのか。彼の胸の奥底にしまわれていた“秘密”が明かされるとき、この甘く切ないロードムービーは忘れがたい1本になる。
『プアン/友だちと呼ばせて』
監督/バズ・プーンピリヤ
出演/トー・タナポップ、アイス・ナッタラットほか
2021年 タイ映画 2時間9分 8月5日より新宿武蔵野館ほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
---fadeinPager---
今月のおすすめ映画②『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』
謎多き妻をレア・セドゥが演じる、愛と欲望の本質をつく物語
有能な船長としていくつもの航海を経験してきたヤコブ。友人との「最初にカフェに入ってきた女性と結婚する」という賭けにより、美しく妖艶なリジーを伴侶にするが……。監督は『心と体と』で脚光を浴びたハンガリー出身の鬼才、イルディコー・エニェディ。1920年代のヨーロッパのエレガンスをちりばめながら、最も近くて遠い存在である妻という謎めいた迷宮に分け入っていく。愛と嫉妬が渦巻くラブストーリーのなかで、生を感じさせるレア・セドゥのまなざしと身体がひときわ光を放っている。
『ストーリー・オブ・マイ・ワイフ』
監督/イルディコー・エニェディ
出演/レア・セドゥ、ハイス・ナバーほか
2021年 ハンガリー・ドイツ・フランス・イタリア合作映画 2時間49分 8月12日より新宿ピカデリーほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
---fadeinPager---
今月のおすすめ映画③『L.A.コールドケース』
伝説のラッパーはなぜ殺された?未解決事件の裏側に迫る
1996年と97年に相次いで起こった、ラッパーの2パックとノトーリアス・B.I.G.の殺害事件。18年後、ジャーナリストのジャックは未だ事件に固執するロサンゼルス市警の元刑事、ラッセル・プールを足がかりに真相を暴こうとしていた。警察組織の癒着や腐敗に迫ったノンフィクション小説を、ジョニー・デップとフォレスト・ウィテカーの共演で映画化。たとえすべてを失っても信念を貫こうとする、ひとりの刑事の正義がじわじわと浮かび上がってくるクライム・サスペンスだ。
『L.A.コールドケース』
監督/ブラッド・ファーマン
出演/ジョニー・デップ、フォレスト・ウィテカーほか
2018年 アメリカ・イギリス合作映画 1時間52分 8月5日よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて公開。
※公開時期・劇場などが変更される可能性があります。
※この記事はPen 2022年9月号より再編集した記事です。
---fadeinPager---