深いダークブラウンのすりガラスのボトルに、筆で描かれた白く力強い文字。数年前から酒造業界を中心に話題となっている「IWA」は、シャンパーニュメゾン「ドン ペリニヨン」の元醸造最高責任者であるリシャール・ジョフロワにより、新しい視点でつくられる日本酒のブランドだ。
昨年4月、リシャールが富山県に創立した株式会社 白岩の酒蔵が完成した。辺り一面を山と田畑に囲まれた場所に佇む、五箇山の合掌造りをモチーフにした大きな一枚屋根の建物がそれだ。設計を手がけたのは、世界的建築家であり、リシャールの友人でもある隈研吾。「一つ屋根の下」をコンセプトに、醸造所、貯蔵タンク、ゲストルーム、調理設備、宿泊施設などがすべて同じ建物の中に入る大胆なデザインは、従来の酒蔵とは趣を異にするものだ。
現地を訪れてまず感じるのが、建物の至る所が明るく、開放的であるということ。エントランスを入った先に現れる“土間”はガラスに囲まれ、のどかな田園風景を見ながら自然を体感することができる。また、その奥にある職人たちが作業を行う仕込み部屋もガラス張りとなっており、重労働の最中でも心癒されるような空間を、と願う隈の思いが伝わってくるようだ。
地元に馴染むこの建物は、その構造だけでなく、素材選びにも秘密がある。天井のルーバーは富山県産の杉を、土間に設けたカウンターは県内の神社境内に生えていたという杉の木を、さらに壁面を覆う和紙は酒蔵の目の前の田んぼで採れた籾殻を使用。富山の地で生まれたものを使うという選択には、地元のコミュニティと手を取り合いながら、酒づくりをしていこうというリシャールの意志が感じられる。
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革新的な醸造技法で、世界を驚かせる日本酒を
今年5月、酒蔵が完成してから初めて、リシャールがこの蔵で初めてアッサンブラージュを行うために来日した。アッサンブラージュとは、多くのワインやシャンパーニュに取り入れられる伝統的な技法で、さまざまな個性をもつ原酒を組み合わせて味を仕上げていくこと。このアッサンブラージュを日本酒づくりに取り入れることで、「IWA」はこれまでの日本酒では表現できなかった、独自の個性を手に入れた。
「驚きを届けたいから、毎回ゼロから挑戦するのです」とリシャールが話すように、ひと口に原酒を組み合わせると言っても、何十種類もの原酒をつくり、それぞれの味わいも毎年同じというわけではないから、その作業には高度な技術、知識と感性を駆使することが求められる。豊かな創造性のもとあらゆる可能性を探り、完璧なバランスを追求し続けた先にあるのは、芳醇で複雑な味わいとボリューム感だ。
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「もともと日本酒には高いポテンシャルがあると思っていました。ただ同時に、その魅力が海外にまで伝わっていないことも実感していました。だから私は、和食だけでなく世界の食文化に合う日本酒をつくりたかったのです。IWAは0℃~60℃まで広範囲の温度で楽しめるのも魅力。それぞれの温度で違った味や香りが花開くため、肉や魚、デザートなど、合わせて楽しめる料理の幅も広まります」
今回の取材でリシャールは、シャンパーニュの話をする時も、日本酒の話をする時も、「ハーモニー」という言葉を多く使った。曰く、「ハーモニーとは普遍的なもので、表現が異なろうと、すべての要素がともに意味をつくり出すという点でつながっています。そのことを確信した時に、新しい分野に挑戦したいと強く思うようになりました。私にとって日本酒づくりは、美の追求でもあるのです」ということだ。
「IWA」をスタートして今年で3年目。シャンパーニュの巨匠がつくる新しい日本酒は、今日も誰かの記憶に残る新たな体験を生み出している。