ドイツ北部での導入を念頭に、不思議なデザインのトラム(路面電車)のコンセプトが登場した。天井から吊り下がったバーにもたれて風を感じながら、都会を出発し森を抜ける旅路を楽しめるようだ。
トラムは「Abacus(アバカス)」と命名され、ドイツ北部の農村部と都市部を結ぶ3キロの交通手段として考案された。進行方向に対して左右の壁が存在しないため、街中であろうが森の中であろうが、乗客たちは頬で風を受け、都会や森林のにおいを感じながら乗車中のひとときを過ごす。
車体外部にカメラを搭載しており、人が手を振れば停まって乗せてくれるという先進の機能つきだ。
トラムが向かう先の農村部は現在、人口の減少に悩まされている。交通の便の向上により、活性化の一助となりそうだ。ほか、通勤時間の短縮や、沿線に住む人々が自家用車を所有しなくても都市に向かえるなど多くのメリットが期待されている。
デザインは3人のデザイナーが考案し、世界的な影響力をもつ英建築・デザイン誌の『Dazeen』が主催する「未来のモビリティ・コンペティション」において、ファイナリストのひとつに選ばれている。
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バス停が動き出した⁉ 洗練のデザイン
Abacusの本体で目を引くのは、非常に洗練されたフォルムだ。ヨーロッパでは洗練されたバス停をしばしば目にするが、まるでこうしたバス停がそのまま動き出したかのようなデザインだ。左右以外の四方を取り巻く壁は薄型で、どこに電源を備えているのかと不思議に思う。
種明かしをすると、電力はレールを通じて外部から給電される。主な電力を外部に頼ることで搭載のバッテリーを薄型とすることができ、高いデザイン性を実現した。レールから電気を受ける点では通常の電車と同じだが、電磁誘導によるワイヤレス受電方式を採用するという。
車体フレームにはまた、アクセシビリティ対応の装置が組み込まれている。車椅子ユーザーが乗車するときは、車体下部のフレーム内からスロープ版がせり出し、スムーズな乗車を助ける。
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農村活性化のため、60年代の廃線に目をつけた
導入を想定する区間にはもともと、活用されなくなった廃線が残っていた。1961年に廃止された全49キロのうち、まずは都市部に近い3キロの区間で新方式のAbacusを導入し、交通の利便性を復活させたい考えだ。
YouTubeにはコンセプトのポイントをかいつまんで紹介する動画がアップされており、視聴者からは「素晴らしいデザインとコンセプト」などの声が寄せられている。一方、洗練されたデザインを維持するためとはいえ、さすがに椅子くらいは備えてほしかったとの意見も聞かれる。
細かな改善点は残るものの、既存の電車にはない数々の機能性を盛り込み、それでいてシンプルかつスマートなフォルムに落とし込んだ優れたコンセプトといえるだろう。
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手を振れば「乗せて」のサイン
Abacusのもうひとつの特色は、駅を必要としない点だ。車両本体以外には既存のレールを再活用するだけとなり、駅や停車場を新たに設ける必要がない。
乗り降りは「ポップオン・ポップオフ」システムとなり、好みの場所で乗下車できる方式だ。走行中の車両に手を振れば、本体内部に仕込まれたカメラがこれを認識し、ゆっくりと停車するしくみになっている。
実際にAbacusが導入される場合、都市部では交差点内での停車を避けるなど、ある程度の運用ルールを設定する必要がありそうだ。ただ、想定ルートの多くは田園地帯や森のなかの遊歩道沿いのルートとなっており、気軽に乗り降りできるシステムは魅力となるだろう。
コンセプト動画では、クロスバイクをもって乗り込み、好きな地点からサイクリングに繰り出すようなライフスタイルが提案されている。思えば私たちはいつも特定の駅で電車を降り、毎日同じ光景を目にしている。ポップオフ方式のAbacusでは、気ままな場所で降りるたびに新しい発見が広がるかもしれない。
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