エルヴィスがピンクと黒のコスチューム合わせた「ヴァンプシューズ」とは?

  • 文:小暮昌弘(LOST & FOUND)
  • 写真:宇田川 淳
  • スタイリング:井藤成一
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品番は「98957」で「モックスリッポン」と呼ばれるモデル。木型(ラスト)に使われているのは「EDWARD」で自然な丸みを帯びたトゥのデザインが特徴。素材は高品質なカーフレザーを採用、ソールにも通気性と足馴染みがいいレザーが使われている。このブラック以外にダークブラウンのモデルもある。¥37,400(8月1日より¥39,600)/ジャラン スリウァヤ

「大人の名品図鑑」エルヴィス・プレスリー #2

“キング・オブ・ロックンロール”と称され、いまなお世界中で多くのファンをもつエルヴィス・プレスリー。今年は彼の伝記映画『エルヴィス』も公開され、その人気が再燃することは確実だ。今回は不世出のミュージシャン、エルヴィスが愛した数々の名品を紹介する。

「エルヴィスの曲を初めて聴いたとき、世界がひらけたんだ」——ボブ・ディラン

オースティン・バトラーがエルヴィス・プレスリーを演じた映画『エルヴィス』を観たほとんどの人たちの印象に残ったのが、彼のピンクと黒のスタイルではないだろうか。

『エルヴィス・プレスリー 世界を変えた男』(東理夫著 文春新書)には、デビュー前、サン・レコードの録音に備えてリハーサルをやったときも、デビュー後、カッツ・ドラッグ・ストアの駐車場でトラックの荷台の上でのライブ演奏でも、彼はピンクに黒のいでたちだったと書かれている。東理夫氏はエルヴィスのピンクと黒のコンビネーションのスタイルをアフリカ系アメリカ人らしい好みだけでなく、その明暗両極の色が生まれてすぐに亡くなった双子の兄と、生き残った自分との象徴ではないかとまで解説している。ちなみに彼が愛したピンクのキャデラック(最初に購入したモデルは外装がピンク、内装が黒と言われている)に代表されるように、ピンクと黒はエルヴィスを語る上で欠かせないカラーだと断言できる。

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「ヴァンプシューズ」とはなにか?

1950年代後半、エルヴィスがデビューし、人気が沸騰し始めるころ、彼独特のピンクと黒のコスチュームの足元にあったのは、飾りのないスリッポンタイプのヴァンプシューズだ。それはこの時代に行われたライブステージの写真や、出演したテレビ番組での写真でも確認されている。同書には「エルヴィスは歌う時に身体を激しく動かすことで観客を熱狂させた」とある。さらに「彼はステージでは、いつも右足に重心を置いて、左足を激しく動かしたり、震わせたりした。その動き一つ一つに観客は反応し、悲鳴や歓声を上げた。その仕草は誰に教わった訳ではなかった。それはごく自然に彼の身体の中から出て来たものだった」とも書いている。そんなエルヴィスのダンスやステージパフォーマンスを支えたのが、ヴァンプシューズ。くるぶしが見えるその靴のデザインが彼の足の動きをさらにセクシーに見せたに違いない。

そもそも「ヴァンプシューズ」とは、靴の甲部の飾りがモカシン縫い以外は何も入っていないシンプルなデザインのスリッポンのことだ。日本では「ヴァンプモカシン」と呼ばれることもあるが、欧米では「ヴェネシャン」と言われることも多く、諸説あるが、形状がヴェネツィア名物のゴンドラの形状に似ていることから命名されたと言われている。

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インドネシア発のシューズブランド、ジャラン スリウァヤ

今回紹介するのは、ジャラン スリウァヤというブランドのヴァンプシューズで、同ブランドでは「モックスリッポン」と呼ばれるモデル。使われている木型は「EDWARD」で、「エッグトゥ」と呼ばれる丸みを帯びたつま先の形状が特徴。ミニマルなデザインに施された「モカ縫い」がこの靴のアクセントになっている。

このブランドのルーツは、インドネシアでテデ・チャンドラが1919年に創業した靴製造会社。当時、インドネシアはオランダの植民地だったが、彼の会社は早くから外国人向けのミリタリーブーツの生産を手掛け、その技術に磨きをかけていた。インドネシアが独立を果たすと、「これからは平和の時代だ」と社長チャンドラとともに生産管理を行なっていたルディとスパーマンの2人は、ヨーロッパに留学。靴の聖地である英国のノーザンプトンで、職人による本格的な靴づくりの修業をした。そしてフランスでは皮革の生産技術を学び、自社ブランドとしてジャラン スリウァヤを立ち上げ、2003年から日本での発売がスタートした。アジア圏にありながら、ヨーロッパ製に匹敵する「ハンドソーンウエルテッド製法」の本格靴は、瞬く間に日本でも知られるようになり、人気を集めた。

「ハンドソーンウエルテッド製法」では、機械を使うのはアウトソールを縫うときだけ。アッパー、中底、ウェルトなどを高級ビスポークシューズと同じように手作業で靴を縫い上げていく。しかも素材に採用されているのは、世界各国の高級ブランドが使うフランスのデュプイ社やアノネイ社の上質な革ばかり。加えてコストパフォーマンスも高く、この上質な革靴が3万円台から手に入るのも、この靴が絶賛される秘密と言えるだろう。初めはトラディショナルでベーシックなデザインがラインナップの主流を占めていたが、最近ではデザインのバリエーションも豊富で、今回紹介したヴァンプシューズのように、遊び心を持ったモデルもラインナップされている。さまざまなスタイルに合うシンプルな佇まいながら、どこか懐かしさが香るヴァンプシューズ。フィフティーズファッション好き、エルヴィス好きならずとも、注目してみたい一足ではないだろうか。

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映画『エルヴィス』にも登場する、白と黒のコンビシューズ

エルヴィスが愛用した靴はまだある。『エルヴィス、最後のアメリカン・ヒーロー』(前田絢子著 角川選書)に、伝説の録音を行った1957年7月5日の前日、練習のためにギターを持って友人宅に行ったときのエルヴィスのスタイルが書かれている。「エルヴィスはレースの飾りのある白いシャツに、黒のストライプがサイドに入ったピンクのズボン、白いバックスキンの靴という出立ちだった」とある。映画『エルヴィス』でも白い革靴や白と黒がコンビネーションになったいわゆるスペクテーターシューズやローファーが登場する。映画で使われていたのは、この映画の衣装デザイナーを務めたキャサリン・マーティンとも親交があり、『ムーラン・ルージュ』(01年)でもタッグを組んだマノロ・ブラニクの手によるものだという。彼は靴業界屈指の巨匠。ファッションアイコンでもあったエルヴィスに相応しいコラボレーションではないだろうか。映画鑑賞の際には銀幕を飾ったこの靴にもぜひ注目していただきたい。

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インソールに刻印された「ジャラン スリウァヤ(JASLAN SRIWIJAYA)」のロゴマーク。アッパーだけでなく、中底やウェルト部分まで手で縫い上げる「ハンドソーンウェルテッド製法」でつくられた靴。

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レザーソールに刻まれた「グッドイヤーウェルテッド」の文字。製法的には「グッドイヤーウェルテッド製法」と「ハンドソーンウェルテッド製法」は同じだが、前者がアッパー、インソール、コバを縫い合わせる際に機械を使うのにに対して、後者はこの作業を手作業で縫う。後者は手間と職人技を必要とするので、現在、それを行うシューズブランドは極めて少ない。
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映画『エルヴィス』でも一瞬だけ登場する、黒と白がコンビになったローファー。これは1876年にアメリカで創業されたG.H.バスの「11010H LARSON」というモデルだ。「ヘリテージモデル」と呼ばれるモデルで、立体的なクッションを採用することで従来の「1101」よりもクッション性が大幅に向上。レザーソールもやや厚くデザインされている。プロスケーターのジェイソン・ディルがこのローファーを愛用したことから、日本でも店頭に並ぶとすぐに売れてしまうほどの人気に。¥25,300(税込)/G.H.バス

問い合わせ先/GMT TEL:03-5453-0033

https://www.gmt-tokyo.com

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