国際的なデザイナーやキュレーターが監修者となり現代の職人技を紹介するイベント、『HOMO FABER(ホモ・ファベール)』。今年は日本古来の伝統工芸にスポットが当たり、さまざまな展示が行われた。日本からは12人の人間国宝の仕事が写真家・川内倫子の写真とともに紹介され、ヨーロッパ各地からは錚々たるラグジュアリーブランドも参加。各メゾンが誇る特別な職人技が披露されたが、カルティエのグリティシアン(宝石彫刻師)の美しき手仕事は必見だ。
春の太陽が輝くヴェネツィアに、4月10日から5月1日までの3週間、世界の職人技が集結した。ホモ・ファベール、すなわち「工作する人」という名のイベントは、今年で2回目。世界43カ国から集まった400人ものデザイナーと職人の作品が展示されるだけでなく、名工たちが技を披露して見学者と交流。さらにはアートを学ぶ学生がアンバサダーとしてガイドを務め、講演やワークショップを交えて立体的に手仕事の世界を紹介するというイベントに、約5万5000人が足を運んだ。
主催は「新しいルネッサンス」を標榜し、優れた職人技とデザインの絆を支援するミケランジェロ財団。サン・マルコ広場対岸の島にあるジョルジョ・チーニ財団の歴史建築を舞台に、著名な演出家、建築家、デザイナーら22人がキュレートする15のテーマ展が繰り広げられた。
今回のテーマは、ヨーロッパと日本の文化交流。『イタリアと日本、マーヴェラス・リエゾン』展では、日本の装飾模様や様式に影響を受けたイタリアの名匠たちの作品が紹介された。また、演出家ロバート・ウィルソンも、自身が手がけたオペラ『蝶々夫人』の舞台美術を再現。禅庭のように砂を敷き詰めた真っ白なプールに、竹製の小道具や衣装を展示、光と影のグラフィカルな演出で、和洋の意匠を巧みに表現した。
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12人の人間国宝による日本伝統の職人技
日本の伝統工芸がテーマとあって、今回は12人の人間国宝の仕事が招かれた。16世紀ルネサンス建築の真っ白な回廊で披露されたのは、写真家・川内倫子の目が捉えた12人の姿を紹介する写真展『ザ・アトリエ・オブ・ワンダース』。作業場に並ぶ道具の数々から、漆を塗る、木を彫る、金箔をのせる、職人の手元の細部まで。物づくりに向き合う名匠たちの姿は手仕事の美しさ、かけがえのなさを無言のうちに語りかける。
回廊に面した大広間を会場にした『12ストーン・ガーデン』では、作品が展示された。キュレーションは、デザイナーの深澤直人とMOA美術館・箱根美術館 館長の内田篤呉。備前焼の伊勢崎淳、色絵磁器の十四代今泉今右衛門、西陣織の北村武資、友禅染の森口邦彦……。12人もの人間国宝の作品が海外で一堂に会する、貴重な機会となった。
パオロ・ヴェロネーゼ作『カナの婚礼』(現在は複製)の壁画が見下ろす天井の高いルネサンスの大空間に、高さ60㎝ほどの真っ白な展示台が12個、グラフィカルに配置されている。深澤直人による展示デザインは、まさに石庭の趣。展示が目の高さよりぐっと低いため、見学者は身をかがめて作品を注視する。それゆえ展示作品との間により親密な関係が生まれる。細部の美しさに、さらに視線は作品の側面へと誘われてゆく。室瀬和美が仕上げた蒔絵螺鈿のハープによる演奏も行われ、欧州と日本の伝統が溶け合う展示となった。
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至極の宝石を生み出すカルティエの職人技
15の展示の中でことに人気を呼んだのは、テキスタイルや高級時計、宝飾などのハイブランドが誇る特別な職人技を紹介した『ディテイルズ:ジェネアロジーズ・オブ・オーナメント』。15のハイブランドが誇る手仕事が集い、職人が実演、解説し質問に答えるブースには、好奇心いっぱいの見学者たちがひっきりなしに訪れていた。
カルティエが紹介したのは、グリプティシアン(宝石彫刻師)、フィリップ・ニコラの仕事。彼は2008年にフランス文化省からメートル ダールを授与された名匠。日本の人間国宝に想を得て生まれたメートル ダールは、人間国宝同様、その技の伝承を担う。10年にカルティエに迎えられたニコラは、責任者としてこれまで何人もの弟子を育ててきた。
クオーツに閉じ込められたヘマタイトの結晶、膨大な年月を経て形成された樫の珪化木が見せる模様。どれもが違う表情をもつさまざまな石こそが、フィリップ・ニコラのインスピレーション源だ。
「自分でデッサンを描き、石膏でフォルムを試作したら、石を手に取って直接彫っていく。常に素材と対峙しながら確認し、デザインを調整し、少しずつ仕上げます」
こうして出来上がった唯一無二の彫刻は、カルティエのジュエリー職人たちの手を経て、装飾品の形に仕上げられる。
今年の『ホモ・ファベール』展のために、カルティエはホワイトオパールのボックスをデザインした。ハイジュエリー、マルケトリ、グリプティックというカルティエを代表する3つの職人技が結集したオブジェだ。ボックスの側面にはハイジュエリー職人の手によるブレスレットが輝き、外せば、ストローマルケトリ(寄せ藁細工)が顔を出す。彫刻を施したホワイトオパールの蓋には、ピンクカルセドニーの桜の花があしらわれ、取り外せばブローチになる。日本文化に敬意を表したデザインを、“姿を変えるオブジェ”というメゾンの伝統と、最高の職人技が支えている。