<世界の95%にとって英語は母語ではない。相手に伝われば何も恥ずかしがることなく「MADE IN JAPAN」の英語を堂々と話せばいい>
中学高校で6年間英語を学んでいるはずなのに、「英語が話せない」という人は多い。英語コンプレックスという国民性からか、英語にまつわる新刊はいまも毎月のように刊行され、英会話の講座もさかん。それでも、英語が話せず、英語に振り回される......。
『ニューヨークが教えてくれた "私だけ"の英語──"あなたの英語"だから、価値がある』(CCCメディアハウス)は、「ニューヨークの魔法」シリーズと『奥さまはニューヨーカー』シリーズの著者が、英語と向き合ってきた日々を描いている。ともに、英語入りのロングセラーだ。
著者は、エッセイストで作家の岡田光世氏。岡田氏は、高校、大学、大学院とアメリカに留学し、語学力を磨いてきたが、「中学英語をきちんと自分のものにすれば、必ず話せるようになる」と言う。その岡田氏は、どんなふうに英語を学び、挫折を乗り越え、モノにし、活かし、人と心を交わしてきたか。そして、取材を重ね、見つけた大切なこととは?
ここでは、岡田氏が自らの経験から得た、自分の英語に自信が持てるようになるテクニックと考え方を、『ニューヨークが教えてくれた "私だけ"の英語』から全3回にわたって抜粋して紹介する。今回は、その第3回。
第1回:「受験英語だから英語が話せない」は大間違い 中学英語をしっかりモノにすれば必ず話せる
第2回:寝たふりする私の横で、私の発音を真似して笑うアメリカ人たち...その真意に後から気付いた
---fadeinPager---
世界でもっとも話されているブロークン・イングリッシュ
かつての大学受験のバイブル「でる単」と「でる熟」片手に、赤門学(あかもんがく)がニューヨークにやってくる。タクシードライバーにいきなり、Where to? (どこ、へ?) と主語も動詞もない英語で聞かれ、「ひどい英語ですね」とあきれる。
これは、私が原作と英語監修を担当した英語漫画『奥さまはニューヨーカー』の1シーンで、まさに私自身がニューヨークで体験したこと。ドライバーの多くは、母語なまりの強い移民だ。
英語は、世界でもっとも広く通用し、どの言語よりも多くの人に話されている。公用語人口は、世界の言葉で英語が一番多い。英語が国際共通語として使われるようになったのは、20世紀に入ってからだ。
それまでは、フランス語がその役割を果たしていた。イギリスやアメリカが経済大国として、世界を支配するようになったことが大きい。では、英語を母語とする人の割合は、どのくらいだろうか。
なんと、世界の全人口5%ほどしかいない。世界の95%の人にとって、英語は母語ではないということだ。ちなみに、母語者の割合が世界で最も高いのは、中国語(12%)だ(Ethnologue 〈2022,25th edition〉より)。
これは日本で目にした光景だが、ぜひ紹介したい。
東京駅の構内で、観光客らしき白人の中年男性が日本人の男性駅員に、次のように英語で質問しているところに出くわした。
Where can I take the subway?
地下鉄はどこで乗れますか。
もし、うまく意思疎通ができなかったら、力になりたいと思い、すぐそばで見守っていた。
駅員は日本語なまりの強い英語で、大きな声で堂々と答えた。
「ダウン、ダウン、ツー・ダウン!」
OK. Thank you.
男性はお礼を言い、立ち去った。
なんとわかりやすい表現なのだろう。
私が駅員に近づき、「英語、上手ですね」と声をかけた。駅員は驚いたように私を見て、笑顔で制帽をかぶった頭をさげた。
ごくわずかの母語話者のために英語を話してあげている私たち日本人が、うまく話せないと恥ずかしがったり、卑下したりする必要はない。
日本語なまりの英語を、恥ずかしいと思う人は多い。でも、相手に伝わるのであれば、気にしているのは、自分くらいだ。ネイティブ並みの英語を話したければ、これから少しずつ近づけていけばいい。
英語に自信がなかったら、最初にこんなジョークのひとつでも言えば、気持ちがずっと楽になる。
You know what? My English is "made in Japan".
あのですね。私の英語は、"メイド・イン・ジャパン"なんですよ。
---fadeinPager---
「おかえりなさい」は最高のおもてなし
「アメリカ人は田楽を食うけぇ。朝はハムエッグがいいずらぁ?」
何年か前に、山梨に住む外国や英語とは無縁の叔父から、立て続けに電話がきた。
二世帯住宅に住む息子の家に、アメリカ人が数日、ホームステイすることになり、てんてこまいらしい。
「食事は何を出せば、いいだ? 英語なんかいっさらしゃべらんから、困るずら」
当日、叔父は電話に出るやいなや、「グッドモーニング!」と陽気に挨拶する。
「いっさら通じんずら。ほんでも、楽しそうに笑ってるじゃん。今、昇仙峡に行ってるずらが、帰ってきたら『おかえりなさい』はなんて言うだ?」
Welcome home. / Welcome back.
旅行などで不在だったり、故郷に戻ってきたりした時に、こう言って迎える。毎日、帰ってくる人には言わない。しかも、叔父のところは、赤の他人の家だ。
あえて英語にしたいなら、Oh, you're back. / You're home. になる。
「おかえり」の温かさはない。山梨弁なら「帰ってきたけぇ?」だろうか。私は叔父に伝えた。
Hi. How was your day? / Did you have a good day?
今日はどうだった? / 楽しかった?
そんなふうに声をかけるほうが自然よ、と叔父に伝えた。
帰ってくる側の最初のひと言は、「ただいま」の代わりに、Hi. / Hello. といった、いつもと変わらない挨拶であることが多い。
「ただいま」と「おかりなさい」では、一往復のやりとりで終わってしまうかもしれないけれど、「今日はどうだった?」と聞けば、会話が続く。
「会話が続いても、困るだ」
そう言いながらも叔父は、電話口で何度も練習していた。
「ハーイ、ハウ・ワズ・ユア・デイ? ディドゥ・ユー・ハヴ・ア・グッド・デイ?」
考えてみれば、日本語の「おかえりなさい」はなんとすばらしい言葉なのだろう。
遠い異国で見知らぬ人の家に泊まり、戻ってくれば、そう迎えられる。まるでその家族の一員のように。最高のおもてなしだ。
今から十数年前のある夏、私が高校留学したウィスコンシン州の小さな町に、何年かぶりに戻った時のことだ。車でホストファミリーの家に向かうと、家の前にダッド、隣に住んでいたメアリージョー、そして彼女の家族が立っていた。
私の帰りを、わざわざ外で待っていてくれたのだ。メアリージョーの父親が私を抱きしめてほおずりし、言った。
Welcome home, Mitz.
おかえり、ミッツ。
ここは君の故郷だ。よく戻ってきた、おかえり。そんな思いがこもっている。
私は、山梨の叔父に伝えた。
「Welcome home. と言ってあげて」
「ほうけぇ。ウェルカム・ホーム。ウェルカム・ホーム」
叔父は電話の向こうで、そう何度も練習した。
日本のわが家にメアリージョーの弟が初めて泊まった時、私は同じ言葉で彼を迎えた。Welcome home.──。わが家に帰ってきた人を、家族でもそうでなくても、日本ではそう言って迎え入れるのだと、伝えた。
同じ状況でそう言われたら、どう感じるか。何人かのアメリカ人に聞いてみた。
答えは皆、同じだった。
This is a very sweet greeting. とてもやさしい挨拶だわ。
That is so nice. なんてすてきなんだ。
誰もが、日本の文化を理解し、日本の心を、きちんと受けとめてくれた。
日本人である私たちが、とくに日本という文化のなかで、日本人として想いを込めて話す英語は、ネイティブにもそうでない国の人にもまねできない。
それこそ伝統と深みのある、真のジャパニーズ・イングリッシュだ。
※この記事はNewsweek 日本版からの転載です。