名和晃平が十和田市現代美術館で語る、生命を彫刻に表現すること

  • 写真・文:中島良平
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名和晃平●1975年生まれ。彫刻家/Sandwich Inc.代表/京都芸術大学教授。感覚に接続するインターフェイスとして彫刻の「表皮」に着目し、セル(細胞・粒)という概念を機軸に2002年に「PixCell」を発表。以来、彫刻の定義を柔軟に解釈し、素材の物性が開かれるような知覚体験を生み出してきた。ベルギーの振付家でダンサーのダミアン・ジャレと協働したパフォーマンス「VESSEL」や建築プロジェクトにも携わるなど、表現領域の拡張が続く。

十和田市現代美術館で『名和晃平 生成する表皮』展がスタートした(会期は11月20日まで)。企画のきっかけは、コレクターの所有作品などを一定期間預かり、常設展示室に展示する寄託制度を2020年に導入したことだと館長の鷲田めるろは説明する。その最初の取り組みとして、昨年より名和晃平の『PixCell-Deer#52』が展示されるようになり、「作品を単体で楽しんでいただくことに留まらず、異なる素材や表現の作品を組み合わせることで、名和さんの世界観や取り組みがさらに伝わるのではないか」との思いから、個展の企画が始まったのだという。

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名和晃平『PixCell-Deer#52』2018年 オブジェクトを透明の球体で覆い、その存在を「映像の細胞(セル)」に置き換える「PixCell」シリーズの1作として、鹿の剥製を主題に制作された。拡大/歪曲するレンズで覆われ、表皮がセルに分割された状態で対象物の鹿を鑑賞する体験が演出される。

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「映像的な彫刻」から展開し、美術館建築に呼応するインスタレーション。

名和は「PixCell」シリーズを「映像的な彫刻」と表現する。つまり、無数のレンズがセルとして対象を分割し、個別のレンズを通して拡大や歪曲された図像が浮かび上がる。あたかも主題が、この作品であれば1頭の鹿が、無数の映像に分割されたかのように。

「『PixCell』シリーズは、細胞や粒(=セル)という単位を彫刻的に展開しようと考えて生まれた作品のひとつです。最初に手がけたのが2000年前後のことですが、ちょうどヒトゲノム計画においてDNAをコンピュータで解読できるのではないかという議論が活発化し、クローン羊のドリーが話題になるなど、生命と情報をどうとらえるかということに人間が向き合わされた時代でした。情報化が進む時代において生命をどのように彫刻として表現できるか。それがこのシリーズを手がける動機になりました」

『PixCell-Deer#52』が設置された常設展示室から、次にどう展開するかを名和は動線として考えた。西沢立衛が設計を手がけた十和田市美術館の、展示室が建物として独立し、外が見えるガラス壁の通路を移動して次へと向かう建築とうまく連動するように考えた。無数のレンズに覆われ、セルに分割された「映像的な彫刻」体験をしたら、次には、一定のセルで区画された水槽の液体が動き続けるインスタレーション作品『Biomatrix (W)』が待っている。

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名和晃平『Biomatrix (W)』2022年 水の表面に生まれる泡がもっとも消えやすい素材としてシリコーンオイルを選び、泡が生まれては消えてを繰り返すこの作品が完成した。

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「美術館の展示室で、静かに対峙することができる作品として企画展示室の最初の作品に『Biomatrix (W)』を選びました。皮膚や細胞が代謝して更新し続けるような、生命が生まれ、維持される根源に出会うような体験ができないかという思いから、泡が生まれては同じ位置で更新され続けていくこのような表現が生まれました」

床面に設置された水槽にはパールホワイトの粘度の高いシリコーンオイルが充填され、均質なセルに区画されて一定の泡が生まれている。見れば見るほど目線が引き込まれ、視覚を通して軽いトランスへと誘うような反復動作がそこには展開している。

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泡は常に水槽の底から出る空気の圧力によって更新される。下から泡が出てくると上の泡は弾けて消え、外側に向かって年輪のように波紋が広がろうとする。
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パールホワイトの顔料を選んだことで、作品タイトルにホワイトのWをつけた。光によって表情がまるで異なるため、展示室で調整を行い、最終的に作品が完成した実感を得たという。

「セルが均等に並び、整然としたグリッドが生まれていますが、それは泡同士の力の均衡が保たれているからです。生命の運動とはそういうものなのだと理解しています。つまり、ひとつひとつの細胞がリズムに則ってエネルギーを代謝し、均衡を保ちながら入れ替わり続ける。そうして生命が維持される。ひとつひとつの細胞が呼吸し、維持されている状態を生命と呼ぶのだとしたら、その呼吸がいつ始まり、いつ終わるのかということに私は興味を持っています。その始まりと終わりを彫刻によってイメージさせることができないか。彫刻として物質性を伴い、それが人の感覚とどう接続できるのかというのが私にとっての制作のテーマなのです」

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ドローイングとペインティングへのアプローチ。

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「Esquisse」2000年 支持体と顔料の組み合わせを実験的に繰り返した結果、神経系のシナプスや微生物のコロニーを想起させるような絵が表出。現在の「セル」の発想にも結びつく学生時代のドローイング作品。

『Biomatrix (W)』が展示された部屋を抜けると、次の小さな展示室には、小型のドローイング作品が並んでいる。シリーズには「Esquisse(エスキス)」と名付けているが、個別にタイトルはつけていない。

「大学院に通っていた頃に、発表するつもりもなくいろいろな手法を試すなかで生まれたドローイングシリーズです。紙もさまざまですし、習字の朱液などの画材も試しました」

画用紙や半紙、コピー用紙など多様な支持体。そこに付着する水彩絵具や鉛筆の粉など、支持体のテクスチャーに応じて広がったり、滲んだり、表面には異なる表情が生まれている。そこに見られるのは、色や液体が広がる現象と、その結果として定着する物質との関係を探究した痕跡だ。

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「White Code」(2022年)が集められた展示室。デジタル信号をアナログ装置で読み取り、物質化したような質感を持つペインティング作品だ。

奥の展示室に向かうと、最新作のペインティングが5点並んでいる。シリーズのタイトルは「White Code」。糊引きをしていない生の麻布をパネルに貼り付け、ゆっくりと移動するキャンバスに粘度調整した白いアクリル絵具を点滴のように落として描かれるペインティング作品だ。絵具の粘度、装置の穴の大きさ、そこに入れられた絵具の水位によって白い雫が落ちるリズムは変わる。キャンバスが移動するスピードによっても描画に変化が生まれる。

「画家が絵筆を持ってキャンバスに向かうのとはまったく違う描き方です。白い点が線状に描かれる状況から、どうやって感覚的なものを導き出すかということに集中して取り組みました。そこで重要だったのは、まず糊引きしていない麻布という支持体です。その表面に対して、絵具が粒となり、厚みのある状態で乗っかるようにして立つのです。淡々と描いていると、点と点が結びついて符号や記号に見えたり、音の記録のようにも見えたりする。アルゴリズムに沿うわけでも情報を刻印しようとするわけでもないのに、有機的なリズムが生まれるのを感じました」

現象が物質としてどのように定着するか。それはまさに「Esquisse」で試していたことだ。そして、『Biomatrix (W)』とも通じるのは、状況を設定し丁寧に調整することで、感覚的なものを導き出すというプロセス。冒頭の「異なる素材や表現の作品を組み合わせることで、名和さんの世界観や取り組みがさらに伝わるのではないか」という鷲田館長の思いが、この個展で見事なまでに具現化した。名和の個展はもちろんのこと、見応えのある常設作品も数多い。この夏は、十和田まで足を運んでほしい。

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「おすすめの鑑賞方法は、ここに座ることです」と語る名和晃平。「庭で過ごす静かな時間を展示空間でミニマムに再現するようにして、作品の寸法やプロポーションを考えました」
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十和田市現代美術館。画面左の馬の立体作品は常設作品で、チェ・ジョンファ『フラワー・ホース』(2008年)。中央のリンゴの作品は、2020年7月より2年にわたり3期に分けて開催していた『インター+プレイ』展出品作品、鈴木康広『はじまりの果実』(2020年)。

名和晃平 生成する表皮

開催期間:2022年6月18日(土)〜11月20日(日)
開催場所:十和田市現代美術館
青森県十和田市西二番町10-9
※2022年10月1日(土)〜11月20日、十和田市に開館する地域交流センターでも展示予定
TEL:0176-20-1127
開館時間:9時〜17時
※最終入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日
※月曜日が祝日の場合は開館し、翌日休館
入館料:一般¥1800
※常設展込み
https://towadaartcenter.com