本誌「Penクリエイター・アワード2021」受賞作家である陶芸家で建築家の奈良祐希の作品など、金沢21世紀美術館の2021年度収蔵作品を含む『コレクション展1 うつわ』が開催されている。容器として機能性を持つ「うつわ」、祭祀や儀礼の象徴となる「うつわ」、あるいは、魂が宿る肉体としての「うつわ」。その概念を拡張し、美術における解釈の可能性を提示する意欲的なコレクション展と同時開催されているのが、『特別展示:マシュー・バーニー』だ。2005年に同館で大規模な個展を開催し、世界初公開された『拘束のドローイング9』の映像作品や関連作品を集めた展示には、『うつわ』展との緩やかな連動性が見えてくる。
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建築的なアプローチで制作を行う。
金沢で生まれ育ち、開館前の金沢21世紀美術館の建設現場を横目に高校に通っていたという奈良祐希。3DCADとプラミングといった最先端のテクノロジーを駆使して制作する白磁の作品シリーズ「Bone Flower」から、2作品が2021年度新規収蔵作品に選定された。「作品を群として構成したい」という思いから、今回の展示ではさらに13点の新作を手がけてインスタレーションを完成させた。奈良は次のように語る。
「美術館が更地にできあがっていくプロセスを高校時代に通学路で見ていました。スラブが立ち上がり、外壁がガラス面で覆われていく様子から、美術館の『浮遊性』を強く感じたことをよく覚えています。今回はその原風景を出発点に、ガラスで覆われた展示室に特注のアクリル展示台を15台用意し、4方向から見てそれぞれの作品が被らないように建築的に配置しました。太陽の光を浴びながら、植物が光合成することと同じように、それぞれの敷地(展示台)の具体的な環境情報を読み込み、作品がその場所の光を獲得していく自然発生的な形状デザインを試みています。均質な空間に小さな揺らぎのようなものをつくりたかったのです」
インスタレーションのタイトルは『Frozen Flowers』。陶芸には高温で焼く炎の芸術という上昇イメージがあるが、奈良は「焼成した作品をどれだけ緩やかに冷まし、土の動きを適切な瞬間で止めることができるか」という下降プロセスを最も重視していることから、「凍れる花」の意をタイトルに込めた。
展示室を移動する。「まだ見たことのない景色を強く想いながら、作品を制作する」という中田真裕の作品も新規収蔵された。タイトルは『mirage』。北陸地方の海沿いで見られる蜃気楼をイメージして生み出されたこの作品には、漆と麻布を塗り重ねて支持体を形成する「乾漆」と、専用の剣で表面を彫り込み、その溝に色漆を埋めて文様を生み出す東南アジア由来の「蒟醤(きんま)」というふたつの技法が用いられている。光を受け止めて乱反射する緑がかった色は、下塗りから50回を超えて塗り重ねられ、抱きかかえて最終的に指紋によって磨きながらその深みを獲得した。伝統的な技術が作家の身体性と結びつき、現代の表現となって展示台に鎮座する。
同展示室の壁面には、やはり2021年新規収蔵作であるタイ出身作家ピナリー・サンピタクによるペインティング作品『ブリリアント・ブルー』と、2011年から2012年にかけて個展を開催し、コレクションされたモニーク・フリードマンによるペインティング「輝き」シリーズを展示。色のニュアンスが中田による『mirage』の深い緑とハーモニーを奏で、蜃気楼のイメージへと鑑賞者が誘われる。
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魂を入れる身体という「うつわ」。
2021年度新規収蔵作品で、もう一点注目したい漆作品が青木千絵の『BODY 21-2』だ。青木自身の身体を象った立体作品は鏡面のように磨かれた漆黒の皮膜が反射し、周囲の光と鑑賞者の姿を取り込む。金沢美術工芸大学で漆芸の技術と出会った青木は、輪島塗などの工芸品のみではなく、やはり乾漆の技法によって大きな彫像が可能であることを知り身体をモチーフに選んだという。
「磨き上げた漆の艶めかしいツヤに惹かれ、インスピレーションを受けました。見るとブラックホールに吸い込まれてしまうような、怖いのだけど同時に包み込まれるような安心感も生まれるという、相反する複雑な感覚に自分自身が飲み込まれるような思いがありました。最初に身体の滑らかな曲線を思い描き、半年以上かけて塗りと磨きの作業を繰り返して仕上げます。壁に反射させる柔らかな光によって、その滑らかさが感じられるように照明にもこだわりました」
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マシュー・バーニーの特別展示。
複数の展示室に展開する『うつわ』展と共通の展示エントランスから、シームレスに『特別展示:マシュー・バーニー』へと導かれる。ベースとなるのが、2005年に金沢21世紀美術館で開催された個展において発表された『拘束のドローイング9』。身体に拘束や制限を与えて生み出されるドローイング、映画、彫刻から構成される「拘束のドローイング」シリーズ9作目の作品であり、日本で「捕鯨」「茶道」をテーマに制作された。
調査捕鯨船であり、工船として鯨を加工できる設備を持った大規模船「日新丸」に、マシュー・バーニーが当時のパートナーだったビョークと乗り込み制作を行った。日本における捕鯨文化に疑問を抱いていたバーニーだが、日本人は鯨を食べる一方、鯨塚に供養する敬意を持って鯨に接し、無駄にすることなく使い尽くす姿勢を知ることで、バーニーとビョーク演じるカップルが船の上で恋に落ち、最後は白い鯨へと変身してゆくストーリーが生まれた。人間の身体とそれを取り巻く環境問題や、そこから連動するエネルギー問題への意識を促す作品として、『拘束のドローイング9』はいままさにその意味の重要性を増している。
「うつわ」を意味する「vessel」という単語には「(大型の)船」という意味もあり、その上で織りなされるストーリーということが、『うつわ』展とのひとつのリンクだ。また、『拘束のドローイング9』におけるもうひとつのモチーフが「茶道」であり、裏千家の茶人である大島宗翠がバーニーの手がけた茶道具で茶会を設け、バーニーとビョークをもてなす場面も映画では重要な場面として描かれる。そこももうひとつのリンクであり、金沢21世紀美術館という「うつわ」に多様な表現が影響し合う可能性を具現化している。
コレクション展1 うつわ
開催期間:2022年5月21日(金)〜10月16日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館 展示室1、3〜5、13
※奈良祐希のインスタレーションを展示する展示室5は9月11日まで
石川県金沢市広坂1-2-1
TEL:076-220-2800
開館時間:10時〜18時
※金・土曜日は20時まで
※鑑賞券販売は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、7月19日、8月16日、9月20日、10月11日
※7月18日、8月15日、9月19日、10月10日は開館
入場料:一般¥450
※『特別展示:マシュー・バーニー』と共通(9月11日まで)
https://www.kanazawa21.jp
特別展示:マシュー・バーニー
開催期間:2022年5月21日(金)〜9月11日(日)
開催場所:金沢21世紀美術館 展示室2
石川県金沢市広坂1-2-1
TEL:076-220-2800
開館時間:10時〜18時
※金・土曜日は20時まで
※鑑賞券販売は閉館の30分前まで
休館日:月曜日、7月19日、8月16日
※7月18日、8月15日は開館
入場料:一般¥450
※『コレクション展1 うつわ』と共通