飛行機乗りの腕時計は、スポーツウォッチの中でもひと際異色である。重力に抗って高速で移動する生業が、特殊な機能とタフさを求めるからだ。今回は、そんなパイロットウォッチの特徴や各ブランドの新作モデルを解説する。
6月28日発売のPen8月号「アイデアと行動力で世界を動かす、“仕掛け人”を探せ!」の第2特集「スポーツウォッチ最新案内」から一部を抜粋して紹介する。
パイロットウォッチの歴史は古い。腕時計と航空機の誕生期がほぼ重なっていた上に、飛行士・操縦士と時計は切っても切れない関係にあるからだ。操縦席に装備されるコックピット・クロックのない飛行機が想像できないのと同様に、パイロットたちは自身に必要なものとして、腕時計を求めた。航行の技術と理論(ナビゲーション)には空でも海でも重なる部分が多いが、航空術=アヴィエーションは飛行機に特有のものだ。なかでも最重要事項のひとつが、航続可能距離と時間の計算である。なにもしなくても浮く船舶とは異なり、重力に逆らって離陸する機体は、燃料がなくなってしまうと飛んでいられない。燃料消費量と時間の乗除算は、機上の生命に関わってくる計算だ。それは飛行機の黎明期には非常に重要だった。1909年、史上初のドーバー海峡横断の飛行時間はわずか36分55秒だが、これはヨーロッパにおける航続時間の長さの新記録でもあった。空の主人公であるパイロットと時計の関係はその始まりから蜜月であり、航空史初期の偉業の陰には必ず、優れた時計の存在があった。件のドーバー海峡横断を果たしたルイ・ブレリオはゼニス、大西洋横断飛行のチャールズ・リンドバーグはロンジンを愛用した。このような逸話とともに、信頼関係の必要性は軍隊や航空会社のパイロットに継承されていく。ブレゲとフランス海軍、オリスとスイスのレガ航空救助隊など、現代に至るまでさまざまな連帯が生まれた。
---fadeinPager---
---fadeinPager---
紹介するブライトリングの「ナビタイマー」は、パイロットと腕時計の絆を象徴する、不朽の名作である。操縦席に必須の装備であるアヴィエーションのための回転計算尺を、ベゼルと文字盤の界面に組み込んだ無双の腕時計。50年代前半に誕生したこの異形のパイロットウォッチを、世界最大の航空機オーナーとパイロットの団体であるAOPAは、公式ウォッチと定めたのだ。
パイロットウォッチは、ダイバーズウォッチのように明確な工業規格があるわけではない。それでも命を守る計器として、各社が軍やエアラインの要望に応えながら、発展してきた歴史がある。そして、パイロットに愛されたタフで高機能な腕時計は、それ以外の人たちにも支持を広げていく。世界をまたにかけて移動するジェットセッターのニーズに応えるように、近年では、防水性を高めたモデルやGMT搭載機種など、空の旅からそのまま街へ、リゾートへと繰り出せる万能なモデルも増えている。海外への渡航が制限されているいま、腕時計を通して、空の旅や異国の地に思いを馳せるのもいい。パイロットウォッチは、世界をより近くに感じさせてくれるはずだ。
---fadeinPager---
PILOT WATCH
IWC(アイ・ダブリュー・シー)
パイロット・ウォッチ・クロノグラフ・トップガン“ウッドランド”
エリートパイロットの学校「トップガン」とパートナーシップを結ぶコレクションで、セラミック素材が特徴。その新作は、アメリカ海軍飛行士の戦闘服の色をイメージした“ウッドランド”のグリーンセラミックをケースに採用した。裏蓋とリューズとプッシュボタンには独自素材のセラタニウムを使用。
ORIS(オリス)
プロパイロット X キャリバー400
1904年の創業以来、一貫して機械時計だけをつくり続けてきたオリスが、そのノウハウを詰め込んだ自社製ムーブメント「Cal.400」を発表。120時間というロングパワーリザーブや、シリコンパーツを使った耐磁性能など、ツールウォッチとして発展してきたパイロットウォッチの歴史にふさわしいスペックといえる。シンプルなルックスだが、実はかなりの実力派。
BELL & ROSS(ベル&ロス)
BR 03-94 マルチメーター
戦闘機のコックピット・クロックのかたちをそのまま腕時計にしたスクエア形「BR 03」シリーズの最新作は、カラフルなダイヤルが目を引く。これはパルスメーターなど5種類の計測表示になる。高速移動する対象物を計測する場合は、ホワイトのインジケーターを使用。見た目はポップで楽しげな時計だが、計測器としての機能性も高い。
HAMILTON(ハミルトン)
カーキ パイロット パイオニア メカ クロノグラフ
1970年代に製作された英国空軍用のパイロットウォッチの伝統を継承する。ツヤ消し仕上げのケース右側をやや膨らませることで、プッシュボタンやリューズをガードする機能的なデザインとなっている。当時の空気感までしっかり再現するため、ムーブメントにはあえて手巻き式を採用した。クラシカルな味わいにあふれるが、耐磁性能に優れ、連続持続時間も長い本格派の時計といえる。
※この記事はPen 2022年8月号「“仕掛け人”を探せ!」の第2特集「スポーツウォッチ最新案内」より再編集した記事です。