現代の腕時計で最も幅広い人気を集めるカテゴリーがラグジュアリースポーツウォッチ、通称“ラグスポ”だ。誕生から50年の節目を迎えたいま、その歴史を振り返ってみよう。
6月28日発売のPen8月号「アイデアと行動力で世界を動かす、“仕掛け人”を探せ!」の第2特集「スポーツウォッチ最新案内」から一部を抜粋して紹介する。
70年代初頭から始まる、腕時計の常識を覆す非金属性とデザイン性
現在の腕時計の潮流を語る上で欠かせないのが、ラグスポ=ラグジュアリースポーツウォッチである。始まりは1972年に誕生したオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」である。世界3大ブランドに必ず名の挙がる名門が、その先入観を一変させた、ステンレス・スチール製のスポーツウォッチ。ブランドの重みと非貴金属の素材、ブレスレット一体型というデザインの意外性が、先進的な腕時計ファンを魅了した。50年前の腕時計に対する見方は、現在とずいぶん異なっていた。ゴールドやプラチナ、レザーストラップの2針薄型ドレスウォッチが正統派の腕時計として不動の上位にあり、スチール製ブレスレットの3針ビジネスウォッチは日常使い用。ダイバーズやパイロットウォッチは存在してはいたものの、それは特殊な用途をもつミッションウォッチであった。ラグジュアリーとスポーツは水と油、交わることのない概念だったのだ。しかし、“ラグジュアリースポーツ”の台頭が既成概念を変える。それはデザイン性の勝利でもあった。70年代の時計界は天才ジェラルド・ジェンタの絶頂期に重なる。後に同名のブランドを率いることになるジェンタは「ロイヤル オーク」やパテック フィリップの「ノーチラス」など、現在も圧倒的な人気を誇る腕時計の数々を生み出した、“ラグスポの父”である。
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1972年 AUDEMARS PIGUET(オーデマ ピゲ)
ロイヤル オーク
ラグスポの原点とされる名作。ステンレス・スチール製ケースに、ケースと一体型のブレスレット、潜水士のヘルメットをモチーフとしたといわれる八角形ベゼル、「タペストリー」ダイヤルと、当時では斬新なスタイルを、老舗オーデマ ピゲが生んだことも衝撃だった。
1975年 GIRARD-PERREGAUX(ジラール・ぺルゴ)
ロレアート
円と八角形を融合させたベゼルのラインやブレスレット一体型ケースなど、70年代ラグジュアリースタイルの正統派としてファーストモデルが誕生。スイス時計界でいち早くクオーツに適応した技術力を誇り、スポーツモデル第1号はクオーツだった。
1976年 PATEK PHILIPPE(パテック フィリップ)
ノーチラス
八角形ベゼル、両サイドに張り出したケース、エンボス文字盤というデザイン。最高峰ブランドのラグスポとして現在でも人気を博すが、ステンレス・スチールモデルは2021年に製造中止。ジェンタによるデザインだと知られるようになったのは後年のこと。
1977年 VACHERON CONSTANTIN(ヴァシュロン・コンスタンタン)
222
今年、復刻モデルとして「ヒストリーク・222」が登場した、ヴァシュロン・コンスタンタンの70年代を代表するモデル。“ジャンボ”の愛称で知られたファーストモデルはケース径37mm。トノー型ケースにブレスレットを一体化させ、溝付きのベゼルがアイコンだった。
1979年 PIAGET(ピアジェ)
ピアジェ ポロ
世界的ジュエラーでもあるピアジェがリリースしたブレスレット一体型ウォッチは、ポロフィールドからパーティシーンまでさまざまな場面でラグジュアリーを演出できる腕時計だった。後にリモデルされ、現在のラグスポの人気シリーズにつながっていく。
1992年 ROLEX(ロレックス)
ロレックス ヨットマスター
90年代に入ってコレクションが開始された、ロレックス屈指のラグジュアリースポーツモデル。ヨットを想定したスポーツウォッチは、実用的なミッションウォッチをルーツとする他のコレクションと一線を画して人気に。2007年には「ヨットマスター II」も発売。
1993年 PANERAI(パネライ)
ルミノール
イタリア海軍特殊潜水部隊のミッションウォッチをルーツにしたソリッドな造形のスポーツウォッチとして市販が開始され、20世紀最後に“デカ厚”時計のブームを巻き起こした立役者。同年に開幕したJリーグの選手らが愛用したことも日本での人気に拍車をかけた。
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新世紀の幕が開け、異業種からの参入と素材の多様化が進む
そして名門時計ブランドによるソリッドなステンレス・スチールモデル、というラグスポの定義は21世紀の幕開けとともに変わる。象徴的なのはシャネルによる「J12」の発表だ。ファッションや香水で世界的なブランドであったにせよ、当時、時計界でのシャネルの存在感は高くはなかった。それが“セラミック製の高級腕時計”という斬新なコンセプトで、世界を席巻した。J12の名は当時のアメリカズカップ競技艇、12メーター級に由来。ラグジュアリーブランドによるスポーツウォッチという、ラグスポの第2の定義がここで生まれた。異業種からの参入で成功する可能性は、ルイ・ヴィトンの「タンブール」によって再び証明された。また、非貴金属素材によるラグジュアリーは、ウブロによって拡大される。ここに“複雑な機構のスポーツウォッチ”という、挑戦を続けるニュースター、リシャール・ミルも参戦。トゥールビヨンを載せたスポーツウォッチを着けたまま、プロテニス選手は時速200㎞のサーブを放ち、F1パイロットは350㎞で駆け抜けた。ラグジュアリースポーツの魅力は、腕時計に懸けた夢と憧れの総量だ。ブランド、デザイン、新しさ、精密さ、複雑さ。更新されるリストは、可能性を拡大・延長する。50年を経てもまだ、その魅力は無限なのだ。
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2000年 CHANEL(シャネル)
J12
セラミック製で、色はブラックのみという究極のコンセプチュアルモデルとして登場。当時のアーティスティックディレクター、ジャック・エリュが練り上げ、シャネルの時計界におけるプレゼンスを強烈に印象付けた。ホワイトモデルが誕生したのは3年後。
2001年 RICHARD MILLE(リシャール・ミル)
RM001
ブランド最初のモデル「RM 001」は17本限定のトゥールビヨン。圧倒的な高性能と、妥協も容赦もない高価格で世の常識を覆す、21世紀生まれのトップブランドの誕生だった。トゥールビヨンをスポーツウォッチに惜しみなく搭載する発想も世間の度肝を抜いた。
2002年 LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)
タンブール
ビッグメゾン参入で、時計界が沸きに沸いた第1作。ドラム型ケースは後に、ひと目でそれとわかるアイコンに。旅行鞄の名門ゆえに旅時計として知られる一方、長年続けてきたヨットレースとイメージが重なる、レガッタウォッチのシリーズも支持を集めた。
2005年 HUBLOT(ウブロ)
ビッグ・バン
2005年にウブロが放った、いまなお続く世界的ヒット作。ゴールドだけでなくレアメタルまで次々と採用した新しい素材と、ラバーストラップの異色な組み合わせで時計界に旋風を巻き起こした。サッカーW杯のスポンサードによって知名度も高まった。
2005年 OMEGA(オメガ)
シーマスター プラネットオーシャン
600m防水のスペックをもつ「シーマスター」の上位モデルとして登場したが、性能に加えて注目されたのが、そのスタイリング。オレンジ文字盤やストラップが、コレクションのイメージを刷新した。タウンユースで映えるハイスペックダイバーズの先駆者。
2014年 FRANCK MULLER(フランク ミュラー)
ヴァンガード
複雑時計の巨匠であり、洒脱な都会派ウォッチのつくり手フランク ミュラーが始めた、スポーツウォッチコレクション。大胆な曲線がアイコニックなトノー型ケース、ラグを廃した一体型フォルム、力強いフォントと文字盤デザインがいまでも新鮮に映る。
2016年 TAG HEUER(タグ・ホイヤー)
タグ・ホイヤー カレラホイヤー02T
スポーツウォッチの名門が突如発表した、トゥールビヨン搭載モデル。しかも200万円を切るプライスで販売開始と、古くからのファンを驚愕させた。今年もラボグロウンダイヤモンドをフィーチャーした新作など、トゥールビヨンモデルの話題性は健在だ。
2019年 A. LANGE & SÖHNE(A. ランゲ&ゾーネ)
オデュッセウス
ジャーマンメイドの最高級ドレスウォッチをつくる名門ブランドが放った、初のステンレス・スチール製スポーツウォッチ。防水性も備えたブレスモデルは、フォーマルなイメージを覆して反響を呼んだ。今年の新作ではチタン製も登場してさらなる話題に。
※この記事はPen 2022年8月号「“仕掛け人"を探せ!」の第2特集「スポーツウォッチ最新案内」より再編集した記事です。